年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
島田 美里の<<書評>>


ガール
ガール
奥田 英朗
【講談社】
定価1470円(税込)
2006年1月
ISBN-4062132893
評価:★★★★★

 30代の私にとって、この短編集はまるで魔女っ子アニメに出てくる変身アイテムだ。読めば読むほど、カッコよく変身できそうな気がしてくるのである。
 著者は男性だけれど、一体どんな取材をしたのだろう? 30代の女性たちには、本当に嘘っぽいところがない。ガーリッシュな服を着ることが急にこっ恥ずかしくなったり、年齢差を気にして年下の男の子に恋することを躊躇したりだなんて、30女を経験しないとなかなかわからないはず。何だか、モノマネをしている人が本人よりも本人らしい感じと似ていて、あっぱれとうなってしまう。
 周辺を見渡すと、彼女たちに似ている人が実にたくさんいる。マンション購入を本気で考え始める独身OLも、年上の部下にデカい顔をされるキャリアウーマンも、生き写しかと思うほど身近にいる。「ほら、似てるでしょ?」と友人に読ませたいと思ったけれど、人間関係があやしくなるとまずいのでやめておいた。そんな風に、登場人物にそっくりな人が読んだら激しく動揺しそうなほど、この物語は30女にとって図星の宝庫なのである。

ひなた
ひなた
吉田 修一
【光文社】
定価1470円(税込)
2006年1月
ISBN-4334924832
評価:★★★★

 最初は明るい印象だったのが、いつの間にか憂いを含んだ色彩に変わってしまい、えっ?と、とまどってしまう。そういえば、「パレード」を読んだときも、似たようなことを思った。登場人物たちの秘密の1つ1つが折り重なり、悲しい色がブレンドされていく様子を見届けている気分になるのだ。
 この物語の主要人物は、有名ブランドの広報に就職が決まったレイと、その彼氏の尚純、そして尚純の兄夫婦たちだ。兄嫁の桂子は、夫の両親との同居を提案したりして、初めの部分はアットホームな家族の物語にしか見えない。しかし、それぞれの人物がローテーションで語り手となり、各々の身の上を明らかにするにしたがって、薄暗い色をしたフィルターがどんどんかけられて、まるでひなたがひかげになる。
 だけど、人に言えないような秘密をたくさん見せられても、不思議と暗い気持ちにはならなかった。誰もが不安や秘密を抱えていると思うと、むしろホッとさせられた。この作品は、いざというときに不安でグラついた体を支えてくれる、安全ネットのような役割を果たしてくれそうにも思う。

チーム・バチスタの栄光

チーム・バチスタの栄光
海堂 尊
【宝島社】
定価1680円(税込)
2006年1月
ISBN-4796650792

評価:★★★★★

 ジャンル分けするのが、もったいない作品だ。大病院の群像劇、お茶目な神経内科医のコメディー、そして医学ミステリーと、形容の方法を挙げればきりがない。
 舞台は、心臓のバチスタ手術で優秀な成績を誇る外科チームを有する大学病院。不定愁訴外来の医師・田口が、外科チームの引き起こした術中死を調査するというシリアスな設定だ。それにしても、よくこんなに笑いを取れるなと感心する。何だか、仁王立ちしていて読書しているところに、後ろからひざをカクンとやられたみたいな気持ちになった。真面目な側面を持ちつつ笑わせるとは、なんというバランス感覚!
 中盤から、厚生労働省の役人・白鳥とタッグを組むのだが、この男がまた強烈。心理学を巧みに用いて、関係者をヒアリングする様子は、法廷で大げさに立ち回る辣腕弁護士のようだ。シリーズもののドラマに出演して、主役を完全に食ってしまう超大物ゲストを連想させるくらい、脇役にも華がある。この作品には、医療現場の実状、心理学、癒し、笑い、いろんなカードがそろっている。これぞ、小説におけるロイヤルストレートフラッシュだ!

図書館戦争

図書館戦争
有川 浩
【メディアワークス】
定価1680円(税込)
2006年2月
ISBN-4840233616

評価:★★★★

 図書館と武力という組み合わせが、どうもピンと来なかった。でもきっと、そんなことを深く考えちゃいけない本なのだ。公序良俗に反する表現を規制する法律によって、検閲が実施されるという不気味な社会で、図書館は本を守るために対抗措置をとる。互いに武力行使も辞さないというのはちょっと違和感を覚えるけれど、そんな設定だからこそ、自分の意思で読書できない状況がリアルに伝わってきた。実際に想像してみると、読書を制限されるのは人としての成長を制限されるのと同じことのような気がして、怖いし、悔しかった。
 表現の自由について真面目に考えさせられる一方で、主人公の郁の恋愛も気になった。彼女が図書館防衛員に志願したのは、自分と本を守ってくれた青年隊員に対する憧れから。
女の子にとって、命がけで守ってくれる人こそ「王子様」なのである。
 郁を始め、隊員たちには、なんとなく部活動の匂いがする。ラケットを握りしめて、テニスの上手い先輩を見つめているような甘酸っぱいシチュエーションとダブるのだ。ただ、この物語の場合、ラケットは小銃になるんだけど。

落語娘

落語娘
永田俊也
【講談社】
定価1680円(税込)
2005年12月
ISBN-4062132206

評価:★★★★

 伝統芸能を鑑賞すると、タイムスリップしたような気持ちになることがある。表題作で描かれる落語もしかり。舞台は現代の東京なのに、雰囲気はすっかり江戸の町なのだ。天才噺家に憧れて、落語界に飛び込んだ香須美は、まさに紅一点。その魅力を例えるなら、東京女と江戸女のいいところを併せ持っている感じである。落ちぶれた師匠のことをバカにされても、女だからという理由で見下されても、前座として懸命にがんばっている彼女は、本当に健気だ。
 そういえば大学生の頃に、落語研究会に入りたいと思って、部室を訪れたことがある。一升瓶がごろごろ転がっているのを見て、入部を踏みとどまったことを思い出した。男社会でのし上がっていくのは、酒瓶を踏み倒すくらいの勇気と根性が必要なのだ。
 古くに作られた呪いの噺を物語の中心に据えているが、この作品の見所は怪談自体ではない。恐怖をも乗り越えようとする、噺家の心意気だ。併録の「ええから加減」に登場する女漫才師も含めて、彼らの芸に対する一途な想いがとても熱かった。こういうのを芸人魂っていうんだなと、妙に納得したのだった。

クローズド・ノート

クローズド・ノート
雫井脩介
【角川書店】
定価1575円(税込)
2006年1月
ISBN-4048736620

評価:★★★★

 変わった人がわかりにくい恋をするのって、文学的に思えたりするけれど、普通の感覚を持った人によるわかりやすい恋もいいなと思った。
 主人公は大学生の香恵。でも、一番の主役は、香恵が引っ越し先の部屋で発見したノートと、そのノートを置き去りにしたかつての住人の伊吹である。小学校の教師である伊吹の言葉は、あまりに邪気が無くて、なんとなく天使をイメージさせる。
 この物語では、万年筆が重要な小道具だ。伊吹の日記も万年筆でしたためられているけれど、生徒を想う気持ちや切ない恋心を、繊細な文字で表現しているところがとてもロマンチック。インクの種類だとか書き味が、持ち主のプロフィールに感じられて、自筆でモノを書くことに対するイメージが少し変わった。すっかりパソコンで文章を書くことが多くなった世の中だからこそ、このアナログな感覚は貴重だなと思う。
 なんとなく展開が予測できるところもあったのだけど、永遠を感じさせる伊吹の言葉に触れると、そんなことはどうでもよくなった。正攻法の恋愛小説は、読んでいて気持ちがいい。


the TEAM

the TEAM
井上夢人
【集英社】
定価1785円(税込)
2006年1月
ISBN-4087747956

評価:★★★

 真実こそすべて!と、思えるミステリーだった。
 テレビ番組で相談者の悩みに答える能城あや子は、偽物の霊能者である。確かに調査スタッフを使ってはいるけれど、悪人ってわけじゃない。家族のわだかまりや殺人事件を解決する彼女たちは、まるで幸せを運ぶ探偵集団だ。普通は、インチキを暴く者を応援するものだけど、なぜかインチキしている人を応援したくなる不思議な話だった。それにしても、あや子の情に流されないドライな性格はいいなと思う。何よりも真実が好きだという感覚は、何だか刑事や裁判官みたいだ。偽物なのに誠実という矛盾がちょっと面白かった。第六感を刺激するような話が受け入れられる今の世の中、真実以外はいらないというスタイルは、逆に新鮮かもしれない。
 的中率100%のあや子に相談してみたい気もするけれど、私には無理だと思う。いくら悩みを解決してくれたところで、不法侵入されるのは嫌だからだ。もし、散らかった部屋を目撃されたら? その精神的苦痛は、問題解決の喜びを上回るのか?なんて、細かいことを考えてしまうのである。


早春賦

早春賦
山田正紀
【角川書店】
定価1785円(税込)
2006年1月
ISBN-4048736604

評価:★★★★★

 牧歌的な風景の中でたくましく成長する少年たちが、あまりに素朴でさわやかで、泣けてくる時代小説だ。
 時代は徳川家康の頃。主人公の風一は半士半農の八王子千人同心の息子である。父親は武士の誇りを大切にしているけれど、風一は全く違う。わずかな田畑を耕して、農民として心静かに生きようとする慎ましさがすばらしい。八王子総奉行の没後、その直轄家臣と千人同心の対立により、幼なじみと争うはめになっても穏やかさを忘れない、成熟した人格にはほんとに17歳なのか?とうなってしまう。
 風一を始め、風林火山にちなんだ名の少年たちが登場するが、中でも山坊は主人公になってもいいほど魅力的な人物。力持ちで、ひょうきんで、慈悲深い寺の小坊主だ。「金剛像の立ち姿のよう」という描写があったけれど、ほんとにありがたいものに出逢った気がして、なんだか手を合わせたくなった。
 芽吹いたばかりのやわらかい緑を目にしたような作品だった。タイトルにある「早春」というみずみずしい言葉に似合うきれいな心根に触れられて、とてもうれしい。

キタイ

キタイ
吉来駿作
【幻冬舎】
定価1680円(税込)
2006年1月
ISBN-4344011007

評価:★★★

 一番嫌な種類の怖さだなあと思いながら読んだ。殺人も幽霊ももちろん嫌だけど、自分の記憶を侵食されるっていうのは本当に怖いと思う。失われるだけならまだしも、他人の記憶に忍び込まれたりしたら、気が変になりそうだ。
 深町を始めとする高校時代の仲間たちが味わうのは、まさにそんな恐怖。死んだ友人・葛西を生き返らせるために「キタイ」という儀式を行った彼らを襲うのは、まるで幻と現実が混濁したような怖さだ。朦朧とした感じが、船酔いみたいに気持ち悪かった。
 それにしても、「キタイ」に関する記述にはリアリティーがあった。死人の体から現れた青い球体を取り出して口にするという描写では、手触りだとか、口に入れたときの舌触りまで想像してしまった。そして、キタイが日本に伝来したのは中国の随の時代だというくだりでは、ひょっとして何%かはノンフィクション?と、本気で信じそうになった。
 人の体に乗り移ってまでもこの世に存在しようとする執着心が、とても怖い作品だった。
ただ、執着の裏にある悲哀とか、やむにやまれぬ思いとかを、もうちょっと実感したかった気もする。

世界の果てのビートルズ

世界の果てのビートルズ
ミカエル・ニエミ
【新潮社】
定価1995円(税込)
2006年1月
ISBN-4105900528

評価:★★★★★
 初めて自分のおごづかいでレコードを買ったときのことを思い出して、ちょっとワクワクした。ページをめくると、誰もが子どもの頃に経験する「初めて」にたくさん出逢える。
 舞台は、スウェーデンの北にある小さな村。ビートルズに夢中になった少年たちが、間違った回転数でレコードを鳴らしながらノリで歌いきる場面では、笑いが止まらなかった。昔、こんな風に同じレコードを何度も聴いたことがあったなと懐かしくなる。少年たちの行動に共感しながら、ふと、谷川俊太郎の「朝のリレー」を思い出した。スウェーデンの少年も日本の少女も同じ地球にいるんだななんて考えているうちに、遙か遠くで自分と似たような子ども時代を過ごした人たちのことが、とても身近に感じられた。
 なかなか最新の音楽も聴けないような土地で、少年たちが、どこか遠くに向かって自分の居場所を発信している感じが伝わってきた。そして、それがこの物語のテーマなのだと思う。大人たちが読むと、自分の殻を破って、未知なる世界から何かを吸収したときのことを、肌で思い出すに違いない。

WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

| 当サイトについて | プライバシーポリシー | 著作権 | お問い合せ |

Copyright(C) 本の雑誌/博報堂 All Rights Reserved