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島田 美里の<<書評>>


きいろいゾウ
きいろいゾウ
西加奈子
【小学館】
定価1575円(税込)
2006年2月
ISBN-4093861625
評価:★★★★

昔流れていた、ある洗剤のCMをふと思い出した。手をつないでスキップしている老夫婦を見て、こういう夫婦っていいなと思ったものだ。この物語に登場する夫婦も、そのCMに負けないくらい微笑ましい。
 前作「さくら」は、兄妹を中心とした家族の成長物語だったけれど、この作品は若い夫婦が主役。都会から流れてきて、田舎町に住み着いた彼らが、本当の夫婦になるまでのお話だ。タイトルからも想像がつくように、世界観はメルヘンチック。章ごとに挿入される、きいろいゾウが出てくる童話や、お互いの名字(ツマリとムコ)にちなんだ、妻=ツマ、夫=ムコさんという呼び方。それから、仲むつまじいご近所の老夫婦など、熟れた果実みたいにどこを切っても甘い匂いがしてくる。
 過去に捕らわれているムコさんや、ムコさんに依存しきっているツマを見て、甘ちゃんだなあと思う人がいるかもしれない。でもこの物語に厳しいツッコミはいらない。たぶん、セールスポイントは、リアリズムじゃないからだ。白馬に乗った王子様の代わりにゾウに乗った伴侶を夢見るような、恋愛を卒業した人のためのメルヘンなんだと思う。

俺が近所の公園でリフティングをしていたら
俺が近所の公園でリフティングをしていたら
矢田容生
【小学館】
定価1365円(税込)
2006年3月
ISBN-4093876487
評価:★★★★★

 なんて臨場感! すっかり競技場のスタンドで観戦している気分になってしまった。主人公は、サッカー好きな高校生・樋口。サッカーが得意なハーフの転入生・モニカに影響されて、その潜在能力を開花させていく彼は、まさにシンデレラボーイだ。トントン拍子で国際舞台に進出する展開に、気持ちがスカッとする。いつもは野球派の私でさえ、血が騒いだ。
 それにしても、サッカーのルールがあまりわからなくても、ちゃんと試合の模様が目に浮かんでくるからすごい。ジーコ、川口、俊輔といったビッグネームがそのままの名前で登場していることもあるけれど、臨場感の秘密は一つ一つのプレイの描写にある。まるで古舘伊知郎の実況みたいに、的確で切れ味が良いのだ。
 つい野球に例えてしまって申し訳ないが、甲子園球場に行って、勝ち試合でジェット風船を飛ばしたときのような興奮が甦ってきた。単純明快なストーリーを完璧に補う迫力ある試合に、スタンドの大歓声まで聞こえてくる気がした。スポーツファンにとって、このライブ感はたまらない!


雪屋のロッスさん

雪屋のロッスさん
 いしいしんじ
【メディアファクトリー】
定価1165円(税込)
2006年2月
ISBN-4840114935

評価:★★★★★

2枚一緒にめくったりしていないか、念入りに確かめながら読んだ。どの話を読み終えるときも名残惜しかった。この30編の物語は、いずれも数ページという短さだけど、たった1行でひとりの人生を表現してしまうほど内容が濃い。無駄がなくて美しい、大人も子どもも楽しめるおとぎ話風ショートショートだ。
 著者の作品を字面だけパッと見ると、温かくてやわらかだなあと感じる。しかし、そのソフトな印象の裏には、ハッとするような鋭さもある。「ポリバケツの青木青兵」は、青色バケツの青兵が主人公。漂流しながらもバケツとしての誇りを忘れない青兵に、アンデルセンの「すずの兵隊」に出てくる、一本足の兵隊のイメージが重なった。そして、「しょうろ豚のルル」は、天涯孤独の少年と豚のルルのお話。少年に寄り添うルルに、「フランダースの犬」のパトラッシュのような健気さを見た。
 極上のネタをこんなに使い切って、作者はもったいなくないのだろうか? 珠玉の短編集という言葉は、このような本にこそ使いたい。

安徳天皇漂海記

安徳天皇漂海記
宇月原晴明
【中央公論新社】
定価1995円(税込)
2006年2月
ISBN-4120037053

評価:

 歴史小説をあまり読まないので、正直言うと一読しただけではその面白さがわからなかった。しかし、じっくり味わうように読んでみると、歴史と幻想世界が美しく絡み合っていることがよくわかった。
 第1部の舞台は、鎌倉時代。源実朝は、琥珀の玉の中に封じ込められている童子と遭遇するが、なんとその童子がタイトルにもなっている安徳天皇である。死後も何かを訴え続けるような怨念が描かれているのに、不思議と怖くなかった。それどころか、琥珀の玉の美しい描写に、うっとりさせられた。第2部で、舞台は南宋時代の大陸へ移る。マルコ・ポーロが歴史の見届け人というところに、スケールの大きさを感じる。南宋皇帝と安徳天皇の砂浜の語らいでは、不遇を受けたもの同士にしかわからない絆を感じて、ふたりいっぺんに抱きしめてあげたい!と思った。
 源実朝、安徳天皇、南宋皇帝と、無念の一生を終えた彼らの想いを、怖がらずに感じ取ることができる作品だった。生々しい魂も美しい文章で覆われていると、読んでいるこちらもちっとも苦痛じゃないのだ。


盗作(上下)

盗作(上下)
飯田譲治・梓河人
【講談社】
定価各1260円(税込)
2006年1月
ISBN-4062132923
ISBN-4062132931

評価:★★★★

 芸術家を志している人は、これを読んだら怖くなるかもしれない。直感だけで芸術を生み出せるのならば、努力するのってあほらしい。
 平凡な高校生・彩子は、不思議な夢にインスパイアされて、誰もが絶賛する絵を描く。努力をしていた訳でもないのに、一流の芸術が生み出せるのか?と、疑問を持ったけれど、この作品のテーマはインスピレーション。あえて、芸術に縁のない主人公にしたのだと納得した。偶然誰かの作品と一致していたという盗作疑惑の浮上に、オカルトチックな気配を感じたけれど、オチは全く予想できなかった。
 今まで、一発屋に対して否定的な感情を持っていた。たまたま直感が当たっても1回きりじゃ芸術家とは言い切れない。だけど、コンスタントに80%のものを提供し続けるより、まぐれでも世界中の人に100%の完璧な作品を提供できるのであれば、たとえ一発屋でも本望なのかもしれない。ただ、何かを生み出す高揚感を二度と味わえないのは芸術家として寂しくはないだろうか。創作の喜びって一体なんだろう?と、読んでしばらくたった今も、考え込んでしまう。

忘れないと誓ったぼくがいた

忘れないと誓ったぼくがいた
平山瑞穂
【新潮社】
定価1470円(税込)
2006年2月
ISBN-4104722022

評価:

 なんとなくプロットを読んでいる感じがしたけれど、テーマにはとても共感した。
 高校生のタカシが恋をしたあずさは、自分の意思に反して、存在が勝手に消えるという特異な体質の持ち主。この作品のすごいところは、死ぬこと以上につらい状況を描いたという点だ。姿だけでなく、周りの人々から自分にまつわる記憶も消えてしまうという設定が、とても目新しかった。
 人間は生きた痕跡を残したがる生き物だと思う。だから、子どもを作ったりだとか、芸術家なら作品を残したりして、なんとか自分のことをより多くの人の記憶にとどめておこうとする。たとえ何も生み出さなくても、普通にしていれば家族や恋人など身近な人の記憶に面影を残すことはできるのに、それさえも許されないとしたら、たぶん死んでも死にきれない。
 人間が「フェードアウト」していくという現象を、リアルに想像できなかったことが、ちょっと残念だった。消えていく感覚を圧倒的な力で信じさせてくれたなら、そのせつなさに泣けたかもしれない。


沖で待つ

沖で待つ
絲山秋子
【文藝春秋】
定価1000円(税込)
2006年2月
ISBN-4163248501

評価:★★★★

 2編とも主人公は女性だけれど、気持ちいいくらい性別を感じない。彼女たちは、ひとりの女である前に、ひとりの人間として生きているのだなあと思う。
 芥川賞受賞の表題作は、同期入社の太っちゃんが急逝した後、主人公の「私」が、生前に彼と交わした約束を果たす物語だ。絶対に果たさなければ!といわんばかりの覚悟が、ちょっと侍っぽい。ふたりの間に男女の関係はないけれど、恋愛に発展しないというよりは、お互いに言い出さないだけのような気がする。夫婦にも恋人にも親友にもなろうと思えばなれるからこそ、あえてどれにもなろうとしないのでは?なんて深読みをしてしまった。
 一方、併録の「勤労感謝の日」の恭子にもまた、女を感じない。失業中の36歳の女が義理でお見合いをし、傲慢でブサイクな男に小馬鹿にされる話なのだが、見合い後の荒れっぷりがいい。ちっとも女々しくないのだ。
 著者の作品を読むと、身ぐるみをはがされた気持ちになる。男も女も意識していない「素」の状態にリセットされて、いろんなしがらみから自由になって、そして楽になるのだ。


包帯クラブ

包帯クラブ
天童荒太
【ちくまプリマー新書】
定価798円(税込)
2006年2月
ISBN-4480687319

評価:★★★★

 もし、副題をつけるのなら、「ちちんぷいぷい」はどうだろう?と、勝手に思う。この作品には、誰かに痛いの痛いの飛んでいけーと言ってもらうのと同じ効果がある。
 女子高生のワラを中心に結成された「包帯クラブ」の活動目的は、他人の傷を癒すこと。その方法がまた面白い。心が傷つくきっかけとなった場所に出向き、静物に包帯を巻くのだ。包帯をブランコの鎖に巻いたり、理科実験室の試験管に巻いたり…。最初は、巻いて効くのか?と思いながら読んでいたが、それがいつの間にか巻いてみたい!という願望に変わった。
 書き下ろし長編は6年ぶりだそうだ。「永遠の仔」を一気に読んだときは、目を背けたくなるほどの深い傷に、放心状態になったが、この物語では、比較的軽い傷が描かれているため(重いのもあるが)、身近に感じる。保健室に行って、「だいじょうぶだよ」と励ましてもらい、薬を飲まなくても調子が良くなったときのような気持ちがした。
 もしも読後に、包帯がすぐそばにあったならきっと巻きたくなる。いや、絶対巻く! いっそのこと、本と包帯をセット売りにしてほしい。

デス博士の島その他の物語

デス博士の島その他の物語
ジーン・ウルフ
【国書刊行会】
定価2520円(税込)
2006年2月
ISBN-4336047367

評価:★★★

 空想と現実が入り交じった短編集だからか、悩みながら読んだ。訳者の解説によると、著者は再読によって喜びが増す作品を目指しているらしい。確かに何編かは2回読んだ。しかし、面白すぎて再読したのとはちょっと違う。気になるから読んでしまったのだ。
 まず、主人公の少年が、小説の中の登場人物と会話する表題作では、どこからどこまでが空想の人物なのかとても気になった。また、アメリカを訪れたイラン人が、6個の卵菓子のうちどれか1つにドラッグを染み込ませて、それを毎夜食べる「アメリカの七夜」では、ドラッグによる幻覚症状が何個目の菓子で起きたのか気になった。
 そんな中、「眼閃の奇蹟」だけは、一読しただけで面白かった。目の不自由なティブ少年は、冒険途中に天使に出逢ったりするけれど、それは空想じゃなくて心の世界の現実である。人の心の色まで見える気がして、癒されながら読んだ。最後の数行は、パステルカラーに包まれているような景色が思い浮かんだ。この話に関しては、気になるからじゃなくて面白いから再読すると思う。

ムンクを追え!

ムンクを追え!
エドワード・ドルニック
【光文社】
定価1785円(税込)
2006年1月
ISBN-4334961878

評価:

 訳者のあとがきに「ノンフィクションとは思えぬおもしろさ」とあるが、本当だった。ムンクの『叫び』盗難事件を中心とした絵画盗難の実状だけでなく、著名な画家の経歴にも触れてあり、知識欲を満たしてくれる。世界の名画が、こんなに簡単な方法で盗めるのかと驚いた。これを読んで模倣するバカが出てきやしないか? 決してまねはしないでくださいと、本のどこかに注意書きしてほしいところだ。
 それにしても許せないのが、美術窃盗犯の悪質さ。動機がくだらなさすぎる。ひとりくらい、この絵が好きでたまらなくて盗みました!って奴がいてもいいのに。そんな奴らに立ち向かうのが、ロンドン警視庁美術特捜班のチャーリー・ヒルという人物。彼は囮捜査の達人だが、服装から喋り方にまでこだわるところは、俳優の役作りと変わらない。もし何かの映画に出演したら、この人ホントに素人ですか?と本気で疑われると思う。
 著者が、ヒルを見つけたときは、スターを発掘したスカウトマンの気持ちだったのではないだろうか。この作品が魅力的なのは、著者のインタビューのテクニックもあるけれど、ほとんどヒルのお手柄だ。

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