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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年4月のランキング>磯部 智子

磯部 智子の<<書評>>
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5 無銭優雅 新釈 走れメロス 他四篇 片眼の猿 九月の恋と出会うまで スコーレNo.4 ナンバー9ドリーム 物しか書けなかった物書き 空中スキップ ロング・グッドバイ


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佐藤 正午(著)
【角川書店】
定価1800円(税込)
2007年1月
ISBN-9784048737258

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評価:★★★★
  最後まで読み通して愕然……大人の「愛」はそれぞれ歪で、それを軌道修正する別の視点がないまま進行する。ヘンな男の妙な話だと思いながら、ぐいぐい読ませる面白さもある。小説家の「僕」、二度の離婚歴があり今も複数の女性たちと関係を持っているが、このけち臭い男は女たちに何一つ与えず性交のみを行い苗字で呼び捨てにし、聞いても解らず笑えないジョークを飛ばし、本業の執筆においては度々筆禍を招くと言う好ましからぬ属性を与えられている。その彼が関係をもった一人の人妻の夫婦再生、愛の記憶のよみがえりが対照的なもう一方の骨子となるのだが、これまた狐につままれたような超能力的な展開をみせ、人生の岐路における運命と言うべき選択の絶対性に疑問を投げかける。更にはもうひとつの人生の実現も指し示されるのだが……作家の意図はどうあれ不変の「愛」への無邪気な信奉を様々なアプローチで打ち砕き、見切りをつけようが追い求めようが「愛」に振り回され成熟することのない人間の姿が鮮明になる皮肉にすっかりしてやられた気がした。

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無銭優雅
無銭優雅
山田 詠美(著)
【幻冬舎】
定価1470円(税込)
2007年1月
ISBN-9784344012844
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評価:★★
  どうも合わない……上手いとは思う山田詠美作品を読んでいつも思う。ひとつには恋愛体質が違うこと。40代の恋は、それまでの人生の結果として巡り会えたものなら、その進化の課程が決定的に違うからほとんど異世界ぐらいに差が広がっている。無銭は優雅か?と言うより、共に45歳独身の男やもめの予備校講師と、親と同居する花屋の共同経営者、この無銭として定義付けられた状況が底辺だとは思えない。中流遊民(ですらない)が発する「地に足をつけた生活」なる言葉を読むとき、人生に対する高い基準点からの、気取らない事を気取る一手間かけた自己肯定だと感じてしまう。主人公は両親をパパママと呼ぶ……いくつになっても呼ぶのは自由だが、成長する課程で別の選択肢もあったはずで、その地点で疑問に思わないほど鈍感なのか? 或いは頑固にパパママと言い続けることを選んだのか? 私は後者に賭ける。作家が描く一つ一つは全て選び抜かれたスタイルをもち、見え隠れする「子供心を失わない大人」という選民意識を自家中毒のように感じてしまう。

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新釈 走れメロス 他四篇
新釈 走れメロス 他四篇
森見 登美彦 (著)
【祥伝社】 
定価1470円(税込)
2007年3月
ISBN-9784396632793
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評価:★★★★
  最近、続けて森見作品を読んでいるなあ、と思いつつもやはり面白かった。タイトルをみて笑う、頁を開いて笑う、一行読む度に笑う、もう完全に条件反射のように笑ってしまう。名作の本歌取りは、欠礼する事もなく企画倒れの杞憂も吹き飛ばし、記憶があやふやな原典を思わず読みかえしてみたくなる奇天烈ぶり。5作何れも京都が舞台の森見ワールドだが、それぞれが違う趣向を凝らしている。どれも良いのだが特に表題作は最高の出来、「健康で明朗」な作品のなか友情をかけてメロスは走る……が森見メロス(芽野史郎)は逃げていく。今また感想を書くために、うっかり頁をめくり又一行一行爆笑しながら読んでしまった……。「愛と友情を腹の底から信じる底抜けの阿呆」に捧げる友情小説の新たな金字塔は、真逆に突っ走りながら原作の深意に通じるものがある。『山月記』に登場する斉藤をはじめ全作がゆるくリンクする楽しみもあり、モラトリアム無期限延長に対する憧れが掻き立てられ満足しながら読み終えた。

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片眼の猿
片眼の猿
道尾 秀介(著)
【新潮社】
定価1680円(税込)
2007年2月
ISBN-9784103003328
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評価:★★★
  私にとっては、デビュー作『背の眼』以来の道尾作品。饒舌ぶりは相変わらずで、荒唐無稽な展開が笑いを含んだ言葉で綴られる。ミステリとしてはかなりよめる部分もあるのだが許せてしまう愉快な作風を持つ。主人公の俺(三梨)は探偵、一人称で書かれたミステリは、読み手にとってフェアなのかどうか疑問もあるが、それも織り込みながら読み進める。産業スパイ、謎めいた新入り女性探偵、主人公自身の秘密と「俺」の心に根深く残るある人物の自殺の謎など、とにかく盛り沢山だが、うまくプロットに収拾されているなあと感心する。そして無数に張り巡らされた伏線が解き明かされる度、やられたでもなくガッカリでもなくナルホドそれもアリかと納得し、くすくす笑ってしまう。タイトルの意味にも作家の皮肉な視点より温かみを感じる楽しいミステリ作品だった。

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九月の恋と出会うまで
九月の恋と出会うまで
松尾 由美(著)
【新潮社】
定価1470円(税込)
2007年2月
ISBN-9784104733026
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評価:★★
  SF恋愛小説? 綺麗にまとまって読みやすく、どこがどうということはないのだが……旅行代理店に勤める27歳の志織の趣味は写真、それが思わぬトラブルの原因になり引っ越すことになる。新しい住まいの入居条件は「よそで3ヶ所以上断られたこと」「芸術関係」優先という風変わりなもので、後々の伏線にもなるのだが、日々の物語は緩やかに淡々と進む、ただ一点エアコンの穴から未来の隣人に話しかけられることを除いては……ここで当然志織は驚くのだが非常に冷静に驚くのだ、気持ち悪がってスタコラ逃げたりはしない。小説全体が、そのありえない状況を穏やかに受け止めている。さて読み手としてはそれをどう捉えるかだが、奇抜な設定とは対照的な年齢より随分落ち着いた古風な恋愛、男性の純情と受身の女性をこれ又当たり前のように読み、そのままするっと流れていってしまった。

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スコーレNo.4
スコーレNo.4
宮下 奈都(著)
【光文社】 
定価1680円(税込)
2007年1月
ISBN-9784334925321

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評価:★★★★
  初めて読む作家さん、期待しないで読み始めたらこれが面白かった(失礼)。それは丁寧に「こだわり」について書かれており、しかもその対象が「物」であり、子供の頃より徹底的に物にこだわり続ける事によって主人公自身の人生がくっきりと輪郭を持ち始める。読み始めは、こだわり人間を擬態する安易な人物造形なのかと半信半疑だったが、主人公(作家)は本気だと途中から納得する。祖母がいて母がいて二人の妹と父がいる古道具屋の娘・麻子。周りの人間から影響を受け、自分自身を見つめ大人になっていく過程で、常にこだわりの「物」がある。最も印象的なのはbRの靴、貿易会社に就職したものの現場を経験すると言う名目で靴屋の店員として配属される。何の意味があるのか、靴には興味はない、立ち仕事は貧血を起こしそうなぐらい疲れる。その逡巡の中、麻子は生活の糧としてではなく、一心に靴にこだわりを持つ事により「仕事」を自分のものとして体得し、周りにも受け容れられて行く。人間関係そのものに力点をおかず、物へのこだわりを通して、お互いを見極め認め合い共存する人間の在り方を描いた日本人離れした感覚の小説だった。

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ナンバー9ドリーム
ナンバー9ドリーム
デイヴィッド・ミッチェル(著)
【新潮社】
定価2940税込)
2007年2月
ISBN-9784105900595
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評価:★★★★★
  翻訳小説を好む者としては最も信頼するブッカー賞の最終候補作。舞台は東京、イギリス人である作家は広島で8年間暮らした事があるらしいが、どこかでガイジンの馬脚を現すのではないかとの心配をよそに、現在と未来の博覧会場「東京」を悪夢のジオラマにして描きまくり、もうこれぐらいで勘弁してくれと音をあげそうなところで俄然面白くなってくる。屋久島から上京した主人公・詠爾が、過去を持たない街・東京で過去(父親)を捜すこと、ただそれだけのことに、次々と奇妙で困難な出来事が立ちはだかり「東京中を這いずり回る」破目になる。そこにあるはずのものになかなか辿り着けないパッチワーク都市の見えない壁は、詠爾の疎外感が作り出した悪夢なのか? 心を病む母の不在、双子の姉の死、ヤクザ、臓器売買、ハッカー、手品、凝りに凝った様々な手法に乗った言葉は疾走し続ける。そして最後は父と会い母に対して決着をつけた後の9番目の夢。現実が顔の見えない誰かの夢に取って代わられた世界で、その一部に取り込まれることなく生きる希望=夢を詠爾と共に読み手にも委ねた最後の頁を前に、読み通した甲斐があったと思った。

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物しか書けなかった物書き
物しか書けなかった物書き
ロバート・トゥーイ(著)
【河出書房新社】 
定価2520円(税込)
2007年2月
ISBN-9784309801032
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評価:★★★★
 軽いタッチの洒落た短編集を予想していたので読んで驚く。連続殺人鬼、プロの殺し屋など食わせ者ぞろいの登場人物たち、そこから誰が加害者で被害者なのかを判断するのは難しく、緻密に計算されたオセロのように一瞬で白黒が反転してしまう。奇妙なユーモアをもつ凄い技巧の作家だと感心する一方、「物事を底辺から見る」ことによって書き込まれた人間のペーソス溢れる姿など、気楽な気分に不意打ちを喰らわされる作品も見逃せない。表題作は書いているものを物質化してしまう「価値」を書くことが出来ない「実体」しか書けないシナリオライター=「物書き」の話で、更に作家に抵抗する作中人物が登場する『いやしい街を……』(あれ?)など、奇想の中に作家を彷彿させる創作にまつわるものもある。他ゾンビやE・クイーンの登場など多彩な作品が繰り出す驚きの変化球を大いに楽しんだ。

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空中スキップ
空中スキップ
ジュディ・バドニッツ(著)
【マガジンハウス】
定価1995円(税込)
2007年2月
ISBN-9784838715404
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評価:★★★★★
  先月の課題『ねにもつタイプ』の著者、岸本佐知子さんの本業である翻訳書。エッセイも面白いが、選び抜き翻訳した本は飛びっきりの面白さ。黒い笑いが充満する『犬の日』から始まりダークに沈没するかと思ったら、あれよあれよと次々物語は変身を続け、リズムの良さに乗せられて気分はまさに空中スキップ〜♪ バドニッツもまた全米図書協会による「35歳以下の注目作家」のひとり。『借り』は心臓発作で倒れた母のために、おばたちがよってたかって僕に「ほんのちょっとの恩返し」だと心臓提供を迫る話。『アートのレッスン』では「何物にもとらわれない自由な精神」を実行に移した途端自らが「最新の奇抜な展示作品」になる皮肉。『アベレージ・ジョー』は文字通りこの国で最も平均的な「特別な普通の人」の話。あらゆる角度から人生に焦点をあわせ拡大したり縮小したりしながら、人が何を見逃し何に囚われすぎているのかを、可笑しくも鮮明に浮き上がらせる軽快な言葉の隙間を、どこまでも深くはいっていけそうな気がする出色の短編集。

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ロング・グッドバイ
ロング・グッドバイ
レイモンド・チャンドラー(著)
【早川書房】
定価2000円(税込)
2007年3月
ISBN-9784152088000
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評価:★★★★★
  記憶は曖昧だがずっと以前にも読んだことがある。チャンドラーの最高作とも言われオマージュを捧げた別の小説も読んだ。今回はこの分厚さや、帯の村上春樹・訳がチャンドラーより大きいことに鼻白みながら読み始め、あっと言う間に引き込まれた。どんどん読み進めるのが勿体無く何度も戻っては繰り返し読み、この世界に留まりたいと願った。村上氏の翻訳がプロの翻訳家のようであるかは私には解らないが、乾いた街に生きる人間にも体温と湿度があることを伝える言葉はゆっくりと心に沁みわたり、そう感じながら読むことが、この小説を読むということだと思った。マーロウやテリー、登場人物たちの気の利いた台詞の数々は、やせ我慢した外面の美学より内に秘めた真情をすくいあげ読み手の心に突き刺さり、緻密なストーリーがもつ秘密と共に、その謎が解明されてなおじんわりとした苦味として残り、何度も読み返したくなる魅力を持っている。

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WEB本の雑誌今月の新刊採点【単行本班】2007年4月のランキング>磯部 智子

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