WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年12月のランキング>藤田佐緒里の書評
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この本は重症です。『鉄塔』についてだけ、こんなに書くことがあろうとは、そしてこんなにたくさんの写真があろうとは、私にはほとんど理解ができないことです。大学に入ったばかりのころ、大学までチャリで10分というところにあるアパートに住んでいたのですが、それが小平市だったので、鉄塔は私だってよく見ていたはずなのです。でもこんなに思い入れはなかったし、少しも興味をそそられなかった。それを思うと、銀林みのるさんという人の強い気持ちが見えて、それでこの本は重症だけれど診療しがいのある作品だな、と思いました。
解説と帯に、書店員さんからの言葉があります。それを読むと、私が知らなかっただけで、この作品へ長い時間途切れることなくたくさんの人から向けられた思いがあるということがわかり、こういうふうに心待ちにされる本がちゃんとあるということが、すばらしいことだと感じました。
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カバーを見て、これは私は読むのをやめたほうがいいな、と判断した。確実に眠れなくなる。怖くて、ではなくて、やめられなくなるだろうと見ただけでわかる本だったからだ。この本がうちに届いたころ、私は連日の酒宴とやらなくてはならないことの山に埋もれて(と言っても私がトロいだけで大して忙しかったわけではない)いたので、毎日一刻も早く眠りたかった。最終的に私の睡魔に勝ったこの本は恐るべき面白さで、結局酒を飲みながら一晩のうちに全部読んでしまったが、翌日の私の地獄のような一日は、あまり思い出したくない。
出だしから順番に張り巡らされていく伏線は、最初は一本ずつが全部見えている。でもあるときその伏線が一本も見えなくなる。そこから謎が解き明かされるまでの展開の鮮やかさにはまいった。読むのがやめられなくなってしまうのは、この構成のすばらしい緻密さにあるのだと思った。こんなことを考える人間が世の中にいるのは、本当にすごいことです。
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ちょっと探せばどこにでもいそうな、垢抜けない普通の女の人が登場するのですが、その人のキャラクターに引きずられて、友達の日常を見ているような気さえしてくる、なんとも微笑ましい小説です。この主人公の垢抜けなさとか、好きな人のために無駄なことばっかりしてしまって、しかも空振っちゃいました、みたいなかっこ悪さが、抜群に素敵でした。
好きで好きで仕方なかった人と念願叶って付き合い始めたんだけど、どうも向こうは私ほど私のことを好きじゃないかもしれない、どうしよう、振られちゃうかも、などという微妙な時期が私にもあって、その頃ちょうど、『さようなら、コタツ』の主人公みたいに、彼がうちに来る何十時間も前から食事を作って部屋を片付けて、何度も着替えたり机の配置を換えたりしました。
要領のいい、愛され体質の女のひとはこんなこともないのかもしれないけど、人を好きになる嬉しさは、こういうところにもあるのかもな、と思わせてくれる一冊でした。
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私はこの小説が大好きです。老人と子供のふれあいを描くという、児童書的でステレオタイプな設定を使ったからこそ出来上がった、とても淡い、泣きたくなるようないい小説です。私はどちらかというと、この小説の主人公のような純粋で誠実な子供ではなかったから、それから彼のようなつらい経験もしなかったから、羨ましい気持ち半分、共感半分、というところでとても楽しませてもらいました。
母親を亡くした12歳の隼人は、母がいなくなってから変わっていく自分の周囲の状況をうまく飲み込めないでいます。そんなときに出会ったのが、弟の絵画教室のそばにある靴屋のいじわるじいさん。何かを相談するというわけでも、教えを請うというわけでもなく、ただ共に時間をすごすという温かさが、お互いの心の塊をだんだん溶かしていくのです。その、ある意味ありきたりな設定を、ありきたりだと思わせない力がある本当に魅力的な作品です。
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豊島ミホさんの小説を読んでいると安心できる気がするのは、たぶん、年齢が近いから、ということもあるような気がする。ここでこう来るか! みたいな驚きとか、私にとって突飛だと感じるようなできごとは彼女の小説の中では起こらない。でも、私にもとても近いものとして認識できる普通のことをこうしてドラマティックに描けるのは、あまりある才能の致すところなのだろう。同年代の人間としては、同じくらいしか生きていないのにこんなことができる人がいるということが信じられない。
幼馴染みのお兄さんと逃避行に出た中学生の夏実。そのお兄さんは、ネットでロリコンだと騒がれているが、遊んでもらった子供時代の記憶を信じ、夏実はお兄さんを守ろうとする。豊川悦史主演のドラマ『青い鳥』を彷彿とさせるようなどこかくぐもった雰囲気のある作品。お兄さんというのは、いつだって少女たちの憧れなのです。
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私が通っていた大学は女子大だったのだけれど、近くに女子の数が圧倒的に少ない国立大学があって、そこの大学とうちの大学の仲がとってもよかったものだから、学生時分はその大学に入り浸るようにして、学園祭やらサークル活動やらをしていたものです。印象的だったのはその大学の応援部。彼らの晴れ舞台である学園祭では、学ランの面々が肩で風を切るようにしてステージへ向かっていき、後ろにはたくましいチアの女性たちが続く。そして繰り広げられるステージのかっこよさと言ったら、普段なら爆笑してしまうような学ランたちの馬鹿みたいな絶叫にも大げさな身振り手振りにも、それからチアの女性たちの仮面のような笑みにも、全部に感動して号泣してしまうほどだ。応援部というのは、そういう圧倒的な力を持つ不思議な集団なのである。
というわけで、この作品は私にとっては非っ常〜に感動的な小説なのでした。こういう馬鹿馬鹿しいことをどのくらい一生懸命できるかに、人生はかかっているような気がする。応援部は、私にとっては一生の目標なのである。
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単なる本好きとして、私は本は基本的に買って読むだけということにしている。その著者について詳しく知りたいとは全然思わないし、むしろ小説を読むのに著者についての必要以上の情報があると、私は素直にその物語に没頭できない。だから、この本の中に書かれていることは、私にとって、故意に避けてきたものであるとも言える。
まだ20年ちょっとしか生きていない私にとって、大村彦次郎さんという人が編集者をしてきた大部分の時代のことは、ほとんど歴史とも言うべきものだ。この本の中には、私の認識として、もんのすごい大御所、大物、天上の人、神様みたいな作家たちの名前がずらりと並んでいるわけだが、その人たちも最初は新人だったのだ。作家志望の人たちが、しこしこと作品を書き続け、世に発表し続けてくれたおかげで、今の世の中がある。それは考えるだけで尊くて大変なことで、その恩恵にあずかっている今の時代を、私はすばらしいものだと感じることができる。これは、作られてきた歴史と、その歴史との個人のつながりを感じられる本だ。歴史を見る目が変わる一冊です。
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クリスマスを前にした今の時期にぴったりの推理小説。かわいらしいポップなカバーに象徴されるとおり、季節感たっぷりの作品です。
自殺したのは金持ちの通販会社経営者。その上、美人の妻までいる。自殺なんかしなくたってよかったんじゃないか。美人がそばにいれば、それだけで生きている意味がある気がしてしまうが私の偏見かしら。それで、それを発見した主婦ルーシーが、なぜか事件に首を突っ込んでくる、というストーリー。
クリスマス前のちょうどこの時期というのは、高校時代、クリスマスキャロルの準備を始めたりしていたので、そのなごりもあって私にとって一年のうちで一番心が躍る季節だ。その、わくわくする雰囲気や、クリスマス前の大忙しの描写がとても楽しく、推理小説なのに、推理以外のところでとても気分を高揚させてくれる季節感あふれる一冊でした。今の時期に読んでいただきたい、クリスマス気分を盛り上げてくれる小説です。
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