『文壇うたかた物語』

文壇うたかた物語
  • 大村彦次郎(著)
  • ちくま文庫
  • 税込924円
  • 2007年10月
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  1. 鉄塔 武蔵野線
  2. 生首に聞いてみろ
  3. プラトン学園
  4. 藁の楯
  5. さようなら、コタツ
  6. ボーイズ・ビー
  7. 日傘のお兄さん
  8. 東京大学応援部物語
  9. 文壇うたかた物語
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鈴木直枝

評価:星4つ

 えーっうそー。そうなの!。出版業界の「トリビアの泉」のような本だ。知ったからどうなの?でも面白い。編集者って、こんなにハチャメチャなの?こんなにいつも仕事してるの?何より、膨大なネットワークに驚いた。明治37年生まれの永井龍男に始まり、吉行あぐり、井上靖、五木寛之、田辺聖子などなど賞の常連、全集のあの人が所狭しと列挙される。そして一緒に飲んだり食べたり、喧嘩の仲裁をしたり、そして本業である文芸作品をあの手この手で書かせる。何より、「ここぞ」という場面に立ち会う、編集者としての臭覚に驚いた。川上宗薫の墓石に涙する佐藤愛子、野坂昭如の休刊のどさくさに紛れての無理やり掲載。何より、作家への親愛と思いの量に驚いた。気象庁勤務と並行して執筆を進めていた新田次郎が、帰宅するや否や「戦いだ戦いだ」と自分を叱咤しながら階段を昇る様子、遅筆なのに、集中・持続・継続力の圧倒が物凄く、誰にも悪口を言わせない井上ひさし、誰のパーティで誰が花束を贈ったかの微細な記憶も「さすが」としか言いようがない。作家との交友録を面白おかしく読ませる前半に対して、編集者との覚悟を説いた後半は、居住まいをただしたくなるような、その道で生きて行くことの厳しさがある。天職。大村にとって編集者は天職だったのかもしれない。けれどその前には、7年も通った大学と落ちまくった就職試験、学生結婚という、「これが天命への道か?」と思ういばら道があったのだ。読書へのいざないだけでなく、社会の酸いも甘いも味わえる一品だ。

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藤田佐緒里

評価:星5つ

 単なる本好きとして、私は本は基本的に買って読むだけということにしている。その著者について詳しく知りたいとは全然思わないし、むしろ小説を読むのに著者についての必要以上の情報があると、私は素直にその物語に没頭できない。だから、この本の中に書かれていることは、私にとって、故意に避けてきたものであるとも言える。
 まだ20年ちょっとしか生きていない私にとって、大村彦次郎さんという人が編集者をしてきた大部分の時代のことは、ほとんど歴史とも言うべきものだ。この本の中には、私の認識として、もんのすごい大御所、大物、天上の人、神様みたいな作家たちの名前がずらりと並んでいるわけだが、その人たちも最初は新人だったのだ。作家志望の人たちが、しこしこと作品を書き続け、世に発表し続けてくれたおかげで、今の世の中がある。それは考えるだけで尊くて大変なことで、その恩恵にあずかっている今の時代を、私はすばらしいものだと感じることができる。これは、作られてきた歴史と、その歴史との個人のつながりを感じられる本だ。歴史を見る目が変わる一冊です。

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松岡恒太郎

評価:星3つ

 この本を読みながら考えた。僕って何故に若い頃、日本近代文学の全集物とかそのあたりの奴に挑みかかろうとしなかったのだろうかと。偏った読書を続けた結果がこれ、本書のように幅広い知識が必要とされる局面で、とたんに馬脚を露わしてしまう。
 しかしそんな僕などにも、僅かではあるがガシっと食いついた箇所もあった。
なんですと、かの『ペルシャの幻術師』を司馬遼太郎さんはたった二晩で書き上げられたというのか、何たる才能。
なるほど、池波正太郎さんは直木賞で苦しまれたと、受賞作の『錯乱』は文庫本が何処かに眠っていたはず久しぶりに読んでみよう。
遅筆で有名な井上ひさしさんの小説デビュー作は『モッキンポット氏の後始末』でありましたか、これまた懐かしや。
 日本随一の編集者が語る近代日本文芸界の裏側は、無知な僕が読んでも十分楽しめる一冊に仕上がっておりました。

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三浦英崇

評価:星3つ

 平成ももうすぐ二十年目を迎えようとしているのに、相変わらず昭和の呪縛からは一向に解放されていない自分を感じる時があります。人生の過半を平成で過ごしているのに、昭和に戻りたくて仕方なくなることもしばしばです。そんな「昭和スイッチ」が入ってしまうきっかけの一つが、この手の作品。

 現在はどうだか分かりませんが、昭和の御世には「文壇」なるものがあって、隠然たる権威を発揮していた訳です。この作品は、そんな時代に数々の文士達と交流した名編集長の回顧録。「作家」と言うより「文士」と言った方が、昭和の薫りがぷんぷんしてきますな。

 現在に至っても読み継がれる文学作品を書いた人たちがいる一方で、一世を風靡したものの、「昭和」という時代にあまりにマッチしすぎたために、今では古びて顧みられなくなってしまった人たちもいる。両者への目配りを忘れない、そのバランス感覚はまさに「編集長」としての本能によるものなのでしょう。

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横山直子

評価:星4つ

大村彦次郎さん、小説雑誌の名編集長として知られる彼の目から見た個性豊かな作家さんたちの素顔、そのさまざまな触れ合いが、あますところなく語られている。
実に興味深く読んだ。
プロの作家になるにはいかに大変なことであるのか、それがしみじみ感じられた。
「ハングリーな向上心がなければ、マス目を埋めていく陰気な持続作業はできない」
大村さんのこの言葉が心に残る。
そして賞の運、不運のところでは、厳しい現実を垣間見て、作家と共に歩む編集者の胸のうちを聞いたような感じがした。
そして角田光代さんが以前直木賞を受賞されたとき、多くの編集者さんたちに囲まれて嬉しそうだったよなぁとその場面がふと思い出された。
編集者の条件のところで「褒められることによって、書き手は励まされ、自信もつけるのだ。褒め上手の編集者がいい。」とあって、
これって子育てに少し似ているのかなぁなんて思った。
華やかな文壇の舞台裏を見せていただいたなぁと、昭和時代のまだ若き風貌の作家さんたちの写真を見ながら、そう感じた。

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