『さようなら、コタツ』

さようなら、コタツ
  • 中島京子(著)
  • 集英社文庫
  • 税込480円
  • 2007年10月
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  1. 鉄塔 武蔵野線
  2. 生首に聞いてみろ
  3. プラトン学園
  4. 藁の楯
  5. さようなら、コタツ
  6. ボーイズ・ビー
  7. 日傘のお兄さん
  8. 東京大学応援部物語
  9. 文壇うたかた物語
  10. メールオーダーはできません
荒又望

評価:星4つ

  恋少なき女、由紀子の36歳の誕生日。おずおずと愛を育みつつある山田伸夫を部屋に招き、手料理でもてなそうと朝から張り切る由紀子だが―。(表題作)
 女性の部屋、男性の部屋、母親と少女の部屋、そして相撲部屋。部屋を舞台に描かれた7つの短編。登場人物のちょっとした心の動きが手にとるように伝わってくる的確な表現のところどころから、くすりと笑いがこぼれるようなユーモアが顔を出していて、読んでいてとても心地良い。
 毎日は、部屋で始まり部屋で終わる。部屋のなかで何かが起きれば部屋はすなわち表舞台となり、部屋のそとで何かが起きれば部屋はすなわち舞台裏となる。たいした刺激も娯楽もなさそうなこの四角い空間のなかには、自分のすべてが詰まっている。泣いたり笑ったり怒ったり、悩んだり決心したり後悔したり、あらゆる自分をこの部屋は知っている。部屋というのは意外にドラマティックな場所。まえがきの言葉に、そうだ、そうだったんだ、と心からうなずいた。
 派手な仕掛けはないけれど、主人公たちの生活や人生がぎゅっと詰まった旨味のある作品。読み終えると、自分の部屋がほんのすこし違って見えるはず。

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鈴木直枝

評価:星4つ

 「人は人自分は自分」が信条なのだが、隣の芝生どころか晩御飯もインテリアも進路も気になるし、自分がどう見られてるかもいちいち気に病むタイプ、小心者なのだ。
 著者が雑誌の編集者時代に取材訪問した「部屋」をモチーフにした小作品集には、竹を割るようには自分の人生を一刀両断できない不器用な人間の「部屋での自分」を覗ける。
 「自分の思うように生きる」なんて啖呵を切ってみたものの、理想と現実はドラマのように癒しても救ってもくれない。だから、レズビアンの娘は、事実を父親に言い出せず悶々を繰り返すし、36歳にもなったのに、準備万端笑顔満載で男を待っている自分をみじめに思うし、小学5年生の女子にとっての上がりが「ダイエットクイーンになること」という人生ってどうよ?とも思う。かと思えば、せっかく相撲部屋に入門したというのに、3日で逃げ出した15歳のいじめられ人生の仕切り直しも気になる。
 中でも、元カノの忘れ物を捨てるに捨てられないまま結婚を決めた男を扱った4番目の作品は、ユーミンの歌詞が浮かぶようなせつなさポイント充満。
 どんなに哀しい夜があっても、「さようなら」の後には「こんにちは」が来る。どの終わり方にも明るさがある。捨てちまえ、そんなコタツ。蹴飛ばしてやれ、小心者の自分。

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藤田佐緒里

評価:星5つ

 ちょっと探せばどこにでもいそうな、垢抜けない普通の女の人が登場するのですが、その人のキャラクターに引きずられて、友達の日常を見ているような気さえしてくる、なんとも微笑ましい小説です。この主人公の垢抜けなさとか、好きな人のために無駄なことばっかりしてしまって、しかも空振っちゃいました、みたいなかっこ悪さが、抜群に素敵でした。
 好きで好きで仕方なかった人と念願叶って付き合い始めたんだけど、どうも向こうは私ほど私のことを好きじゃないかもしれない、どうしよう、振られちゃうかも、などという微妙な時期が私にもあって、その頃ちょうど、『さようなら、コタツ』の主人公みたいに、彼がうちに来る何十時間も前から食事を作って部屋を片付けて、何度も着替えたり机の配置を換えたりしました。
 要領のいい、愛され体質の女のひとはこんなこともないのかもしれないけど、人を好きになる嬉しさは、こういうところにもあるのかもな、と思わせてくれる一冊でした。

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松岡恒太郎

評価:星4つ

 女三十六歳の誕生日、恋人未満の男性を始めて部屋に招き入れんとする主人公由紀子の一日をコミカルに描いた表題作『さようなら、コタツ』がしみじみ良い。
さびしい時代を共に闘ってきた戦友とも呼ぶべきコタツ、いやむしろ由紀子にとってはアイデンティティーとも言うべきコタツを、彼女は手放し新しい人生の一歩を歩き始める、とそこまで大層ではないのだけれど。とにかくこのタイトルが実に良い、これ以外にはないというほど合っている。
 七つの作品すべてに言えるのだが、その空間、その部屋に漂っている微妙な空気がとても上手く描かれているのだ。
中でも『ハッピー・アニバーサリー』で描かれる主人公由香里と仕事上の相棒?の園子、そこにお邪魔虫で割り込んだ田舎の父清三六十二歳の三人で過ごす一夜の描写が好きだ。微妙な空気を上手く匂わせる著者の筆が冴え渡っている。
 読みながら、同じ空間に主人公たちを感じて、度々僕はほくそ笑んでしまった。

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三浦英崇

評価:星3つ

 自分の部屋は、積みあがった書籍と雑誌のせいで、暖房器具が使えないくらいの荒廃ぶりなのですが、これはやっぱ、俺自身の心理状態を表現しちゃってるのでしょうかね。当然ながら、男女問わず、人は招待できません。倉庫に寝泊りしてるようなもんです。

 ことほどさように、部屋の様子を見ればその人の来し方行く末や性格が分かる、というのは真理で、たぶん、占いよりも当たる確率が高いんでしょうね。 この短編集で描かれるのは「部屋」を介した人々の心理。それは例えば、80畳の相撲部屋だったり、男の訪問を待つ三十路の独身女のひとり住まいだったり、といったように、形状や様態はさまざまですが、そこに生活する人々の「あり方」が、雰囲気として漂ってくる、醸し出されてくる、そんな感じがします。

 俺も一生に一度くらいは一人暮らしをしたいなあ、と思ってみてはいるのですが、ひとまずはこの部屋をもう少しきちんと片付けないといかんですね。

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横山直子

評価:星5つ

短いまえがきにこう書いてあった。
「この短編集の裏タイトルは、へやのなかである。」
なるほど言われてみれば、すべての話、部屋の描写が丁寧で、まるでその部屋に招かれたように頭の中にくっきりと浮かび上がる。
中島さんは雑誌記者時代に、いろんな取材で多くの部屋を訪れていて、部屋のストックがずいぶんあったそうだ。
表題作の「さようなら、コタツ」は独身女性のマンションが舞台。
「あのまま、あそこにいるわけにはいかなかったのよ。変化が必要なときってあるの」
36歳の誕生日を前に由紀子は15年住んだアパートを引き払ってマンションへ引っ越す。
その時にさようならしたのがコタツ。
妹に「冬ばかりか春も夏も、コタツを卓袱台代わりにしているなんて。そんな部屋に男が寄り付くわけないじゃないの」と言わしめたものである。
はてさて、コタツのないマンションに、どんな展開が待っているのやら…。
由紀子と男友達・伸夫、この二人の延々と続く会話がなんとも心地よくて、こんな会話形式があったのかと思うほどしみじみと一字一句丁寧に読んだ。
由紀子のプロはだしの料理の手さばきがまた見事だった。
ほかのどの部屋(短編)も別れがあったり、せつなかったりするのに、ひなたぼっこをしているような心地よさを感じて、長居したくなる部屋ばっかりだったなぁ。

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