WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年12月の課題図書>『鉄塔 武蔵野線』 銀林みのる (著)
評価:
夏休みのある日、小学5年生の「わたし」は弟分のアキラとともに、延々と続く武蔵野線の鉄塔を1つ1つたどる冒険の旅に出る。
鉄塔90基の写真約500点を完全掲載した、堂々の鉄塔小説。幼い頃から鉄塔に心惹かれていたという著者の、並々ならぬ愛情があふれている。
少年2人の夏の冒険。子供の行動や感情、子供の目線で見たものが完全に大人の言葉遣いで書かれている点には少々ちぐはぐな印象を受けたが、とにかく「わたし」とアキラの言動がかわいくて、ああ男の子って良いなぁ、とほのぼのした気持ちになった。
それにしても、鉄塔にここまで熱い視線を注ぐ人がいるとは知らなかった。鉄塔オタク、というとあまり響きがよろしくないが、1つのものに対してここまで愛着を持てるというのは、ちょっと羨ましかったりもする。残念なのは、身近な場所に鉄塔が建っていないこと。ああ、あれは男性形鉄塔ですな、などと薀蓄を傾けてみたかった。
評価:
妊娠がわかった途端、妊婦さんの多さに気がつくように、美容院に予約を入れてから、他人の髪型を見てしまうように、〜女性型。男性型。姐ちゃん。小柄なくせになかなかの肉体美。長身異型の怪獣型。下半身が中年太り。にこにこ角度〜などと、たかがの鉄塔に名前なんか付けたりする奴がいるから、出かけるたびにテレビを見るたびに探してしまう癖がついた。「鉄塔ない?」
名付け親は小学5年生男子。幼児期の一番の楽しみは電車に乗って鉄塔を見に行くことだったというから正真正銘の「鉄」。何処でレールを跨いでいるか、どの角度が美しいかがこだわりであり疑問であり興味の的。だから、脚注に付けられた通し番号に「?」を感じたことも何ら不思議ではない。「76」のその先には何があるの?夏の終わりの2日間。彼の物語は始まった。
好きを極めることのシンドさと熱情を感じる小説。半ば思いつきではじめた旅だから、親にも内緒、持参金や食料はたかが知れている。喉の渇きや自転車のパンク、川漕ぎ、怒声そして日没。鉄塔を極めるだけのことに怒濤の困難が少年を襲う。何をそんなに意固地になって、一体何と闘っているのだ。彼の一途な行動と思いに一喜一憂した。
鉄塔。在ってあたり前。たかが鉄塔に、こんなにも思い入れを持つなんて。こんな小説が存在していたことに素直に驚いた。やっぱり、夢って持っておくもんだ。
評価:
この本は重症です。『鉄塔』についてだけ、こんなに書くことがあろうとは、そしてこんなにたくさんの写真があろうとは、私にはほとんど理解ができないことです。大学に入ったばかりのころ、大学までチャリで10分というところにあるアパートに住んでいたのですが、それが小平市だったので、鉄塔は私だってよく見ていたはずなのです。でもこんなに思い入れはなかったし、少しも興味をそそられなかった。それを思うと、銀林みのるさんという人の強い気持ちが見えて、それでこの本は重症だけれど診療しがいのある作品だな、と思いました。
解説と帯に、書店員さんからの言葉があります。それを読むと、私が知らなかっただけで、この作品へ長い時間途切れることなくたくさんの人から向けられた思いがあるということがわかり、こういうふうに心待ちにされる本がちゃんとあるということが、すばらしいことだと感じました。
評価:
二十歳の頃に、地元の山で遭難しかけたことがある。仲間たちと山岳地図を片手に山奥に分け入ったのだが、いつしか現在地点が解らなくなってしまった。迷いに迷って歩き倒した僕たちは、夕方近くになってなんとか尾根伝いに続く見晴らしのいい一本道に抜け出すことができた。僕たちの目の前には鉄塔が聳え立っていた。さらに遥か彼方まで等間隔でその道に沿って続く鉄塔が見て取れた。後で知ったのだがその道は、電力会社の方が鉄塔の見回りのために使う関電道なる道であった。そして僕たちは鉄塔に導かれ無事下山する。
この作品を読み始めてすぐに、あの日の風景が鮮明に頭の中に浮かび上がった。
小学五年生の夏、友達と二人で繰り広げた冒険譚。遥か遠くへと連なる鉄塔を辿ってゆく少年たちの物語。
文章だけではなく、過分な写真と地図までをも組み込んでこの作品は表現されている。それについては賛否分かれるところだが、この一冊からは著者の熱意が確かに伝わってくる、それだけは間違いがない。
評価:
俺の家のすぐそばに、国道一号線が走ってまして。「東海道」なんて言葉を社会科の授業で聞きかじり、ふと「この道をたどっていけば京都まで行けるんだー」と思い立ってしまった小学3年の夏休み……結局、京都どころか横浜市から出られずに終わったのは、当時からつい物事を悲観的に考えがちで、「無理」と結論づけるのが早すぎたんでしょうね。自転車で行ったらせめて相模湾くらい見ろや俺も。
それはともかく、この作品。鉄塔に付いてるナンバーを遡っていけば、最後には「1番」にたどり着ける、と思い立った少年の大冒険です。男の子ならやっちゃうよなあ。女の子もやっちゃうのかもしれないが、まあこういうおバカはたいてい男の子の専売特許。勝手に挑戦を受け、自分ルールを設けて、ひたすら使命を達成しようとする気持ち、よく分かります。
たぶんもう、生涯こんな無茶はしないんだろうなあ、と思うと、ふと哀しくなったりもする、大人の俺様でありました。
評価:
分厚いボリュームのページ数、相当数ありそうな写真、そして文庫本サイズに折りたたまれて挟み込まれた地図…。
手にしただけでパワーを感じる本だ。
「鉄塔を小説にする」そう考えた著者・銀林みのるさんの熱い想いが込められた一冊なのだ。
小学五年生の少年が鉄塔に魅せられ、ただただ鉄塔をたどっていく。
この少年はまぎれもなく著者がモデル。
男鉄塔、女鉄塔、婆ちゃん鉄塔…見た感じによって愛称が付けられる鉄塔たち。
なかなか近づけない鉄塔があったり、周囲を囲むバラ線で怪我をしたり、時には大人に危ないからと怒られながらも鉄塔を一基づつたどる過程が実に楽しい。
最後の最後で少年がもらう大きな花束と手紙に胸が熱くなった。
そしてこの本自体が多くの書店員さんたちに愛されて、「完全版」で復刊したことを知って、こちらもジンときた。
この本は幸せだなぁ。そしてこの本を手に取った人も幸せにしてくれるなぁ。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2007年12月の課題図書>『鉄塔 武蔵野線』 銀林みのる (著)