『リピート』

  • リピート
  • 乾くるみ (著)
  • 文春文庫
  • 税込790円
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評価:星3つ

 たとえばもし、過去に戻って、自分の過去のどこかの部分をやり直せるとしたら、私は、あの夜、をやり直したい。あの夜は私にとって、恥も外聞もなくただその男を好きだ、という気持ちに終始したがゆえの致命的な失敗がもたらした、とんでもなく不幸な一夜だった。あの一夜を越えずに今を生きていられたら……。
 などと書くと少しセンチメンタルな気分だが、この小説の場合、設定は上記とほぼ同じなのに、そんなセンチメンタルはまったく感じさせてくれません。何しろ展開が速い速い。浸っているひまなんかありゃしません。その速さがたまらなく気持ちがいい。
 過去に戻れる「ツアー」の参加者として選ばれた主人公たち。突然の電話に半信半疑のまま、しかし話はどんどんすすんでいく。そしてそこに集った主人公たちは、次々に死んでいくのである。「そして誰もいなくなった」……?
「過去に戻ることができる」というありきたりな設定だけに留まらず、そこに高度なミステリー要素を加えてきた、伏線に非常に優れたエンターテイメント小説だ。『イニシエーション・ラブ』のときも、読み終えて、読み返したくなったが、この作品も読み返した。こういう種類の小説は珍しくて好きです。

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『裏ヴァージョン』

  • 裏ヴァージョン
  • 松浦理英子 (著)
  • 文春文庫
  • 税込590円
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評価:星4つ

 ちょうど、『犬身』を読み終わったところだった。その余韻が残ったまま、送られてきたこの本を手に取ってみる。私にとっては特に思い入れのある作家じゃないけれど、気になって仕方なくなった。2000年に単行本で出された作品だそうです。
 まず構成がかなり奇抜、というか奇妙。短篇集なんだけど、途中から、あれれ、なんだか全部つながっている……、でも連作というのともまたちょっと違う? などと思えてくる。で、そのちょうど同じ頃から、だんだん主人公たちのやりとりの秘密がわかってくる。
 主人公は女ふたり。同居しているけれど、お互いに直接触れ合うことはなく、フロッピーをやりとりするだけ。はっきり言ってじれったいし、すごく胡散臭いのだが、読んでいるうちに、性の哀しさとか触れ合うことの苦しみのようなものが見えてくる。
 私は、相手が男でも女でも、こんな関係は持てない。かなり頑張っても、たぶん持てないと思う。それは私自身の弱さと哀しさなのだが、今はこういう生き方でしかやっていけない。だから、避けているだけ、逃げているだけ、と思われるような関係が、実は一番人にとって強さを要するものだ、と思うのだ。この小説に書かれているような哀しさが、人間の関係にはつきまとうのだろう。考えさせられる小説だった。

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『袋小路の男』

  • 袋小路の男
  • 絲山秋子 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込420円
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評価:星5つ

 何がどういいのかさっぱりわからないのだが、私はこのひとの小説が死ぬほど好きだ。この小説の主人公のような人間がそばにいたら殴りたくなると思うし、もし私がこんな状況に身を置いていたら、たぶん気がふれると思う。共感できるとか、人間をよく描き出している、という類の作品ではないのだ。ただのこの「小説」が楽しくて切なくて哀しい。この小説に見えるのは私ではないけれど、でも感じるものがあるのだ。
 好きな男とは少しでも長い時間、一緒にいたい。やることはさっさとやっておきたいし、独占できる限り全てを独占したい。他の女に会おうものなら容赦なく殴りかかるし、自分から離れていきそうになれば、殺してでも阻止しようとする、と思う、私の場合は。
 でもこの小説は、男女が精神的にどっぷり漬かり合いながら、キスもセックスもただの一度もしないまま12年という月日を過ごす。お互いを拠り所にしながら、決定的なことを徹底的に避ける。それは彼らが、そうしてしまったらなくなってしまう関係だ、ということをお互いわかっているからだ。それは、とてつもなく哀しいことだ。
 人間は複雑で哀しい。そんなどうしようもない愁いが漂う、正直な小説だ。

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『とせい』

  • とせい
  • 今野敏(著)
  • 中公文庫
  • 税込840円
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評価:星4つ

 ヤクザが主人公。それも“いい”ヤクザ。ヤクザのくせに、登場人物のキャラクターがとっても愛らしいのだ。とても魅力的で、最後まで彼らが楽しませてくれた。
 主人公のヤクザは、任侠の精神を貫かずにはいられないヤクザ。仁義を重んじる彼と、そしてまわりの愉快な仲間たちは、困っている人や苦しんでいる人を見ると放っておけないタチ。彼らはいろいろと困っている人の手助けをしてきたが、今度は倒産寸前の出版社を立て直すことに。四苦八苦する彼らのことが、とてもいとおしくなる小説です。
 ヤクザが、優しくて、仁義を大切にする、ということが、なんだかすごく泣かせるんですよね。もちろんフィクションの世界だからこういうことになるのかもしれないですが、でも、もしかして現実にもいるかもしれない、堅気の人間よりよっぽど愛情深くて熱いヤクザたちが、どこかでこっそり日本の平和を願ってたち回ってくれているかもしれないなぁ、なんて想像を膨らませたりしました。
 人間模様をとても温かく描き出したヤクザもの、心がじんわりと満たされました。

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『古時計の秘密』

  • 古時計の秘密
  • キャロリン・キーン(著)
  • 創元推理文庫
  • 税込693円
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評価:星3つ

 ナンシー・ドルーと言えば児童書。著者はアメリカの児童書作家で、日本でも、児童書としても刊行されています。
 それが今度は、ちょっと萌え〜な雰囲気のカバー。アリスを思わせるような可愛らしい少女が、どーんと登場しています。少女探偵ナンシー・ドルーが活躍する第一作目『古時計の秘密』です。
 内容はかなりわかりやすく、子供も安心して読めるミステリ、というかんじ。ナンシーのドライブ中、一人の少女が川に転落する。少女は無事だったが、少女を家まで運んでみると、そこでちょっとした盗難事件が起きる。そしてその後発覚する、ある強欲な一族の存在。ナンシーは、その一族のせいで困っている人たちをなんとかしようと、奔走します。  
 怖ろしい殺人事件などは起こらないが、謎解きの面白さを十分に感じられる、とても楽しい一冊です。

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『幼年期の終わり』

  • 幼年期の終わり
  • アーサー・C・クラーク(著)
  • 光文社古典新訳文庫
  • 税込780円
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評価:星5つ

 私の大好きな古典新訳文庫! このシリーズは本当に楽しくて大好き。馬鹿だし物を知らない私にも優しい、それでいてクオリティはそのまま(と誰かが言っていたからそう信じている)のこのシリーズは、私にとってまさに救世主のようなものでございます。あまりにも有名な作品なので、だいたいの内容は知っていたのですが、まともに読んだのは初めて。とても読みやすくて面白かったです。
 時代は、宇宙開発競争が激しさを増していた1970年代。円盤状の宇宙船が、世界の首都に現れる。ちょうど先日、友人から「いまUFOを見た。どうしていいかわからなくて、とにかくオロオロして空を見ていたら、今度は流れ星の大群がわーっと降ってきて、連れ去られるかと思ってドキドキして電話しちゃったよ! どうしよう!」と興奮した様子で電話がかかってきたのを、ふふんと鼻で笑ったばかりで、そうだよ、こういうことはSF小説で起こるから楽しい話なんだよ、と思って楽しく読んだ。
 SF史上における傑作として名高いこの作品だが、今の時代に読んでもまったく色あせることなく、むしろ今だからこそ新しく感じて読むことのできる、傑作という評価にまったく劣らない小説だ。

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『脱出記』

  • 脱出記
  • スラヴォミール・ラウイッツ(著)
  • ヴィレッジブックス
  • 税込882円
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評価:星4つ

 これがノンフィクションだということが、私には到底信じられない。最初から最後まで驚くことばかりだ。フィクションなら理解もできようが、こんな事実が同じ人間の体に降りかかっていようとは、とても信じがたい。
 スパイ容疑で逮捕されたラウイッツ(でも実は無実の罪だった)にくだされた判決は25年の強制労働だった。でも無実だし、こんなところに25年も閉じ込められて働くなんてありえない、と仲間6人と脱出計画を立てる。逮捕されてからの尋問やら拷問やら、シベリアへの移送など、とてつもなく強烈な描写が続く。これがフィクションなら楽しくてしょうがないのだが、実際にあった出来事だと思うとちょっと笑えず、面白いんだけどなんとなく深刻な気持ちで読んでしまいました。
 脱出は成功。そして彼ら6人はシベリアからインドまで歩くのである。本当に信じられない。学生時代、終電をなくして新宿から荻窪まで歩いたところで始発に追い抜かれて、徒歩での帰宅を諦めた私としては、彼らの雄姿にいたく感動した。
 第二次大戦中にこんなことがあったとは、本当に驚きだし、こうして読み継がれていく意味がある作品だと改めて思いました。

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『キューバ・リブレ』

  • キューバ・リブレ
  • エルモア・レナード(著)
  • 小学館文庫
  • 税込820円
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評価:星3つ

 福山雅治撮影の表紙! すごくいい写真なんですよ、これ。お洒落だし、小説の雰囲気にもなんとなく合っている。そしてさらにもう一冊買ったら、ブックカバーがもらえるらしい。話がずれましたが、ジャケ買いしちゃうくらいお洒落な一冊です。
 こちらも『脱出記』に続いて冒険モノ。なんだか始まるまでが長い小説、といった印象。主人公はカウボーイで、キューバに渡って馬を売る。ある事件をきっかけに、主人公は投獄されてしまうのだが、なぜか全然関係のないキューバ人が助けてくれる。どうも意味深というかよくわからないというか。ちなみに時代は、米西戦争勃発間近のキューバです。
 時代背景や舞台もそうなのですが、登場人物たちの関係性などがごちゃごちゃとどんどん入り組んできて、それぞれが絡み合ってくるような構成になっていて、集中していないとついていけなくなってくるくらいスピード感のある作品でした。
 読み応えのある小説でした。犯罪小説の巨匠と呼ばれるエルモア・レナードの、期待を裏切らない快作です。

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藤田佐緒里

藤田佐緒里(ふじた さおり)

1984年生まれの22歳。
社会人一年生、毎日奔走しております!
好きな作家さんはたくさんいすぎて書ききれません。
でもやっぱり、夏目漱石から受けた影響はとても大きいかな。
同じ本を何度も読むことは少ないけど、買った本は大切にしています。
三度の飯より本と酒。
酒飲み書店員ならぬ、酒飲み採点員の座を狙っています(ムフフ)。

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