WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年1月>佐々木克雄の書評
評価:
傑作です。たいへんよくできました。
JFK暗殺をモチーフに描かれた作品だが、舞台は作者のバックボーンである仙台、でもってウイット溢れる伊坂ワールド炸裂のストーリーに500ページを一気読み!
全5部のうち、首相暗殺犯の濡れ衣を着せられた主人公が逃亡する第四部が圧巻。息をもつかせぬスピードで読み手をグイグイグイとのめり込ませていく。構成はトランプをシャッフルするかのように過去と現在が入り乱れるのだが、それらが脈絡もないように見せて、実はしっかりと伏線になっているのだから、これはもうお見事と言うよりほかないでしょう。
『プリズンブレイク2』や『北北西に進路を取れ』を彷彿させる逃げまくりドキハラ感を全面に押し出しながらも、監視社会の危険性やマスコミの傲慢といった「今」をチクリと刺しているあたりは、「笑点」における歌丸師匠を彷彿させるものがありますねえ。パチパチ。
評価:
デビュー作『鴨川ホルモー』を読んだとき、「すっげーの出てきたな」と思った。京都を舞台に学生たちがオニを戦わせるなんて、何て奇想でポップなんだろと。ただ、力で押しまくる文体に違和感を覚えたのも事実だった。浅田次郎センセを北島三郎クラスの大御所とすれば、万城目氏は駅前でギターかき鳴らしてるアンチャン、みたいな。
時は流れ、2作目は直木賞候補に挙がり、TVドラマになるなどイイ感じになり、そしてこの3作目なんですけど……ゴメンナサイ、飽きました。もう新鮮味を感じないんです。デビュー作のサイドストーリー集と捉えればいいのだろうけど、いまだに「ホルモオオオォォォーッ」って叫ばれてもねえ。そのうち「ホルモー? オッパッピー? どっちも去年流行ってたね」になっちゃうかも。京都系好敵手(なのかな?)森見登美彦氏が毛深き家族愛小説で新境地を見せている今、距離はどんどん開いていっちゃうゾ。というワケで、次回作に期待いたします。
評価:
日常生活の積み重ねが描かれていて、それが子供から大人へと変遷すれば立派な青春記として一冊の本にはなるはず。同著も然り、東京郊外の団地に暮らす少年が、恋をして、「男」になって、失恋をして、仕事を持って……と当たり前のようなストーリー……じゃないのだ!
驚いた。主人公は小学校卒業後、30の齢まで一歩も団地から出ていないのだ。物語は閉ざされた空間で彼の青春を追っている。退廃していく団地の様相と、一人また一人と彼の前から仲間が去っていくシーンが悲しい。それでも鼻につくほど真っ直ぐに生きる主人公は、団地から出られなくなったトラウマが語られることで、グワッと読み手の心を鷲掴みにしてしまう。
荒削りな文体や、劇画調な展開は気になるところだが、作品のテイストからしてOKかなと。それよりも男泣きしてしまうラストや、タイトルの妙に、ただならぬものを感じてしまった。
すごい新人が登場しましたよ。みなさん、要注目です。
評価:
うう〜ん濃密ぅ。採点員じゃなかったら、出会うことはなかった本だなぁ。
舞台は学生寮なる閉ざされた空間。個々の事情を抱えた四人の乙女たちが、友情の一線を越えそで越えない微妙な関係に……。そこに垣間見えるのはエロスよりも、四者それぞれがたぐり寄せようとする、もつれまくった情の糸だ。それがまあ、濃い濃い濃い。
風景は彼女たちの内面と反して爽やか。海沿いの立地、螺旋状の階段、設定は日本だが、南欧の美しい島をイメージしてしまうくらい、青と白の色が浮かび上がってくる。
でもね、これは技法的な話になってしまうけど、本文全体は三人称で記述されているのに、ときおり現れる四人それぞれの「語り」が入り乱れてたり、主語がなかったりするから読みにくくて仕方がない。悪い文章のお手本みたいな箇所が多くて何度も読み返してしまった。それさえなければ独特の世界観を楽しむことができたのになあ、残念。
評価:
努めて「普通」を装ったSFって、現実世界とスンナリ適合するか、もしくは思い切り乖離して笑えるかのどちらかだろう。それでいえば本作は後者であって、当たり前のように存在している「気象庁特異生物対策部」の苦闘ぶりったら、特に第四話「密着! 気特対24時」でテレビ取材クルーに翻弄される彼らにプププと吹き出してしまった。可笑しいな。愉快だな。
日本に襲来する怪獣たちの対策を練る公務員。普通に任務を果たそうと努力する彼らが愛しくなってくる。でも怪獣は上野の博物館を目指して飛んでいったり、神戸ポートアイランドで死闘を繰り広げたりするわけで、ズレっぷりがたまらない。
それでいながら荒唐無稽さを感じさせないのは、あらゆる科学、非科学を蘊蓄として盛り込んだ、ディティールのこだわりによるものだろう。あとで分かったが、著者は「と学会」会長さんだったのですね。納得。これはもう、素直にSFを楽しんだ方がいいです。
評価:
このような「小説を超えた『何か』」を持った作品に出会えると、魂が震える。
話そのものはシンプル。文化大革命時、内モンゴルの草原に赴いた青年がオオカミに惹かれ、一匹の子オオカミ「小狼」を飼う──これだけだと「カルピス名作劇場」なのだが、連綿と綴られる遊牧民の日々が、それはもう、ひたすら濃密で写実的で釘付けになる。オオカミたちが羊や馬を狩る凄絶なシーン、遊牧民が子オオカミを天に高々と放って落下死させる場面など、あまりに鮮烈すぎて夢に出てきた(←こんなコトはじめて)くらいだ。
33年かけて作り上げた大作には、遊牧民と農耕民の相克が主人公(=作者)によって語られている。その考察は下巻に詳しいが、東京に押し寄せる黄砂までもが本書に繋がっていると気付いたとき、軽い目眩を感じてしまった。
上下巻で計1000ページは読了に一週間を要したが、至極幸福な一週間でもあった。
評価:
お初の作家さん本は帯やカバーを外し、予備知識を排除してから読むことにしてまして、この作品もタイトルだけを情報源として読み始める。わぁ、ほのぼの系と思いきや、こんな途方もないラストが押し寄せる短編集だとは……。
奇想とブラックユーモアが根底にある。日本の作品に変換すれば、雰囲気は澁澤龍彦の底なし感、人間の嫌な部分は奥田英朗の毒を煮詰めた風合と言えばいいのかな。どのみち、後味のイイ話ではないです。それを楽しめる人も、もちろんいるはずだけど。
好き嫌いが人によってパックリ分かれる本だと思う。正直、自分は苦手だけれど、気になって視線がいってしまう。交通事故現場の横を通り過ぎている時のような気持ち、と言えば分かりやすいのかな(いや、こんな喩えじゃ分からないよな)。
でもね、全般に読み手の知的レベルを試されている感じで、それが苦痛で苦痛で……。
というワケで、今月の課題図書『みなさん、さようなら』(第一回パピルス新人賞受賞作)がよかったので、同著者が第19回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞に輝いたこの作品も読んでみることに──うん、これもいい。かなりいい。
思春期の回想で、手塚治虫センセの『ブラック・ジャック』に憧れる少年の物語。団地に住む彼の環境ってば──オヤジはだらしなく、母親は失踪、それでも彼はストイックに生きていく。その情景が個人的にツーンとくるのですよ。著者と年代が近いせいもあって、昭和の香りがジンワリ漂ってて、懐かしくて、こっ恥ずかしくて……。豊島ミホ作品を「乙女系キュン」と表するなら、久保寺作品は「少年系チクッ」てな感じ。(←何じゃ、それ)
余談ですけど、ファンタジーノベル大賞っていい作家を輩出しますよね(自分の好きなところでは池上永一、森見登美彦)。流行りに迎合してない選考がいいのかな。
タイトルがナイス!
鉄子と言っても「トットちゃん」(のちのタマネギおばさん)ではなくて、鉄道好きの女子を指す言葉だそうです。『タモリ倶楽部』の鉄道ネタが盛り上がりを見せ、酒井順子『女子と鉄道』や漫画『鉄子の旅』が注目されている昨今、鉄道好きを公言する女子が台頭している模様。
本著は、そんな鉄子たちが「鉄分の濃さ」アピールすべく日本中を駆け巡り、女子目線で鉄道の魅力をマニアックに案内するてな、オシャレ系女性誌にはまずない企画。青春18きっぷの使用、ミステリトレイン乗車はアタリマエ。スイッチバックに胸躍らせ、吉岡海底駅で興奮するのめり込みっぷりには、鉄男をもビビらせるオーラが溢れ出ています。眩しいぜ、鉄子。
女子でなくても、この面白可笑しいルポを読んでいるうちに旅愁にそそられますよ。今週末あたり、時刻表片手にふらっと鉄道に乗ってみようかな──そんな本です。
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