『みなさん、さようなら』

みなさん、さようなら
  • 久保寺 健彦 (著)
  • 幻冬舎
  • 税込1,575円
  • 2007年11月
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
  1. ゴールデンスランバー
  2. ホルモー六景
  3. みなさん、さようなら
  4. 雨の塔
  5. MM9
  6. 神なるオオカミ(上下)
  7. ナツメグの味
佐々木克雄

評価:星4つ

 日常生活の積み重ねが描かれていて、それが子供から大人へと変遷すれば立派な青春記として一冊の本にはなるはず。同著も然り、東京郊外の団地に暮らす少年が、恋をして、「男」になって、失恋をして、仕事を持って……と当たり前のようなストーリー……じゃないのだ!
 驚いた。主人公は小学校卒業後、30の齢まで一歩も団地から出ていないのだ。物語は閉ざされた空間で彼の青春を追っている。退廃していく団地の様相と、一人また一人と彼の前から仲間が去っていくシーンが悲しい。それでも鼻につくほど真っ直ぐに生きる主人公は、団地から出られなくなったトラウマが語られることで、グワッと読み手の心を鷲掴みにしてしまう。
 荒削りな文体や、劇画調な展開は気になるところだが、作品のテイストからしてOKかなと。それよりも男泣きしてしまうラストや、タイトルの妙に、ただならぬものを感じてしまった。
 すごい新人が登場しましたよ。みなさん、要注目です。

▲TOPへ戻る

下久保玉美

評価:星4つ

 小学校の卒業式で起きた事件をきっかけに住んでいるマンモス団地の敷地から出られなくなってしまった主人公が成長する話。
 これはなかなかすごい小説。PTSDの症状を「団地から出られない」という可視的な状態、つまり主人公の心理的な状態ではないところで表現した点が画期的。そして都市の中でも自給自足できる空間が存在する、という点にも驚いた。この閉鎖空間の中でどのように成長するかはぜひ読んでいただきたいところ。
 さて、読んで思ったことが2点。
 1つ目はやっと「私たち」の物語が出たということ。ここ数年、70〜80年生まれの作家さんが次々に活躍しているが、彼らが描く幼少〜思春期というのは私にとって馴染み深く、描かれた時代を追体験できる。親世代の描く子ども世代という物語ではなく、本当の意味で等身大の物語が描かれるというのはうれしいことです。
 2つ目はこの小説が上手すぎること。次のステップにどう進むのかということを心配してしまう。次回作が本書とはまた違う小説になっていたらいい小説家になるのだろうなあ。まあ、私が心配してもしょうがないけど。

▲TOPへ戻る

増住雄大

評価:星3つ

 コピーを付けるなら「ずっと団地で暮らしてる」。小学校を卒業してから、ずっと団地を出ずに生活している少年。何も不自由しない日々を送るが、年々、同級生は引っ越していき、団地は過疎化が進む一方……。
 私自身、物心ついてから大学に入るまでずっと団地に住んでいた。だからこそ言葉ではなく、心で理解できている。団地とは優れた居住形態であり、その中だけで暮らすことは、可能だということを。
 けれどそれは、先細りの生である。ある時期を越えたら、世界は広がるどころか、確実に縮小していく。少し考えれば、暗い未来しか待っていないことがわかる。なのに、主人公は明るい。妙に明るい。そのことが、本来暗くなってもおかしくない作品内の空気を救っている。そして、物語としてのおもしろみを生み出している。
 新人賞受賞作にしては、力強い、作品だった。著者はこの作品以外にも二つの作品で二つの新人賞を受賞したというから量も書けるのだろう。この先、きっとどんどん有名になっていくだろうな。

▲TOPへ戻る

松井ゆかり

評価:星3つ

 フィクションとしてみれば、愉快で痛快で爽快な話と言えよう。あるいはもしも現実に主人公悟のような引きこもりがいたら、それは“本物”というか、このような境遇でもうまく生きていくことができる存在なのだろう。実際は悟のようにいかないからこそ、引きこもった人々は苦しんでいるのだと思う。
 悟は中学入学の年以降、団地から一歩も出ずに過ごしてきた。それには驚くべき事情があったことが途中でわかるのだが、それにしても悟の日常は概ね波風なく過ぎているように思える。
 私がこの小説でいちばん引っかかったのは、悟の母親の心情がほとんど語られないことだ。この物語は悟の目線で語られており、そうであれば自分が避けたい話題は語らずに済むわけで、母親があまり出てこないからと言ってその点を批評されるいわれはない。しかしながら、息子のしたいように行動させる包容力とそれでも決して迷いがないわけではなかったであろう心の内を知りたかった。

▲TOPへ戻る

望月香子

評価:星4つ

 80〜90年代の団地が舞台の物語。
 小学校を卒業し、中学校は不登校を決めた主人公。遊戯室、図書室、トレーニングルーム、郵便局、商店、病院など、なんでもある団地の中で一歩も出ずに暮らすことを決めます。団地内のケーキ屋で働き、団地の中で恋愛をして…。
 主人公が小学校を卒業してから30歳になるまでの17年間、同じ団地に住む107人の仲間は、どんどん減ってゆきます。淋しくなった団地をパトロールする主人公には、なんとも言えない風情を感じます。
 主人公が団地を出られなくなった理由は、衝撃的です。主人公の孤独を受け止め成長する様子に、読んでいる最中、なぜだか背中が丸まってしまいました。

▲TOPへ戻る

<< 課題図書一覧>>