WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年1月>下久保玉美の書評
評価:
この採点も星5というのが最高なんですけど星5までというのが非常に口惜しく星10、いやそれ以上つけたいくらいの作品です。安易に「素晴らしい」とか「すごい」とか言いたくないです。とにかく読んでほしいです。
自分がいいなと思ったのは3章のルポ風の書き方。宮部みゆきの『理由』を思わせ、そこに現実があるような、すうっと背中を撫でられるような恐怖感がありました。次に繋がる伏線や謎も数々提示されているし、この部分があることで小説が締まった印象がします。あとは脇役のロッキーや青柳のお父さんなどのおじさん連中がいい味を出しています。ちょっと変わってるけど憎めない中年男性を描くのが本当に上手。
なんか、私があれこれ言ったところで到底この小説の底の深さには敵わないです。こんな書評を読まずに、早く本書をお読みください。
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もし、誰かに薦めるなら前作『鴨川ホルモー』と2冊セットで薦めてください。セールス文句は「コレを読めば『鴨川ホルモー』が100倍面白くなる!」とかで。あと、『鹿男あをによし』もちょっと出てくるのでマキメファンならあと数倍くらいは楽しめます。逆に言えばですね、本書は前作のサイドストーリーと次の長編の導入部だけで構成されているので前作を読んでないとさっぱりわからない、ちっとも楽しめない、頭の中が疑問符だらけになります。あ、そうか。これを読むことで前作を読ませようという魂胆か! ヤラレタ。
とは言うものの、第2景と第6景は単独で読んでもなかなか面白いです。楠木さん、素敵です。あと、第1景の女心の描写が生々しくてたまげた。マキメさん、あなたは女性ですか?
最後に。角川書店さん、次の長編には京都の地図をつけてください。よろしくお願いします。
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小学校の卒業式で起きた事件をきっかけに住んでいるマンモス団地の敷地から出られなくなってしまった主人公が成長する話。
これはなかなかすごい小説。PTSDの症状を「団地から出られない」という可視的な状態、つまり主人公の心理的な状態ではないところで表現した点が画期的。そして都市の中でも自給自足できる空間が存在する、という点にも驚いた。この閉鎖空間の中でどのように成長するかはぜひ読んでいただきたいところ。
さて、読んで思ったことが2点。
1つ目はやっと「私たち」の物語が出たということ。ここ数年、70〜80年生まれの作家さんが次々に活躍しているが、彼らが描く幼少〜思春期というのは私にとって馴染み深く、描かれた時代を追体験できる。親世代の描く子ども世代という物語ではなく、本当の意味で等身大の物語が描かれるというのはうれしいことです。
2つ目はこの小説が上手すぎること。次のステップにどう進むのかということを心配してしまう。次回作が本書とはまた違う小説になっていたらいい小説家になるのだろうなあ。まあ、私が心配してもしょうがないけど。
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寄宿舎って憧れませんか?「小公女」とか「あしながおじさん」などハウス世界名作劇場を見て育ったせいなのか寄宿舎とか寮とかっていうと、「苦労はあったけど最後はこの学校に入ってよかった、みんな友達ね!」みたいな素敵な学園生活を想像してしまいます。本書もある大学の寄宿舎が舞台で、通うのは上流階級のご令嬢方。
しかし、私の冒頭の甘美な幻想は儚くも崩れ去りました。寄宿舎というのは親元から離れるのと同時に「籠の鳥」になるということでもあります。登場人物たちである4人の女性(大学生なんだから少女とは言えないでしょう!?)も様々な理由で、この寄宿舎に囚われる籠の鳥になっているわけです。自分たちの境遇を誰よりもわかっているからこそ、自由を求めるわけでもなく次の籠に入れられるまで淡々と過ごす日常。そこに起きる事件と崩壊。自由を得るためには代償が必要であり、代償を払わない以上は現状を受け入れる。どこか滑稽で、しかし物悲しくもあります。
でもねえ、18や19歳の子が「中学生日記」みたいなことをしているのは、どうにもチグハグ感が。これが中学生とか高校生なら…。
辺鄙で周囲とは孤立した寄宿舎と言えば恩田陸の『麦の海に沈む果実』(講談社文庫)も。こっちも事件が当然起きます。
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さすが「と学会」会長。描いているのもトンデモない!
本書は「ウルトラマン」と「踊る大捜査線」が合体したような小説です。日本を救うためにすぐに怪獣を倒したいんだけど自衛隊とか関係機関に連絡して協力を仰がなければいけないし、怪獣の接近予報を出さないといけないけどその予報が外れたり、当たっても怪獣の被害が大きいとすぐにマスコミに叩かれるし。「正義の味方」なんて表面上は持ち上げられるけど陰では「金食い虫」とか言われてるんだろうし。きっと「科学特捜隊」も国家公務員だろうから華々しい活躍の裏にはこんな苦労があるんだろうなあ、としみじみ思います。
しかしただの怪獣小説にしていないところが山本弘の「と学会」会長たるところ。怪獣という現実の物理法則で存在しえない物体を考察もなしに登場させるなんてバカなマネはしません。怪獣が存在するための物理法則を説明しています。そういう部分があるからこそ、本書は怪獣小説とはまた一味違ったSFになっています。娯楽小説としてお楽しみください。
*「と学会」とは「トンデモない」本を笑い飛ばす集団。「トンデモない」本とはUFOとか超科学とか大予言とか著者からすれば「衝撃の真実!」だけど冷静にはたから見れば笑っちゃうような本のこと。例えば矢追純一とか。でも、最近矢追純一もただのUFO好きなおっさん扱いされて可哀想。昔はもう少し威厳があった(ような気がする)のに。
評価:
「シートン動物記」内モンゴル版。文化大革命時、都会から下放した青年が内モンゴルの人々や風俗、そして自然に出会うことで自分や中国に必要なものや特にオオカミからは生きる指針まで教わります。
やっぱり圧巻はオオカミとの攻防戦。内モンゴルの人々はオオカミを神のように崇拝する一方で、やはり自分たちの生活を守るためにはある程度は戦わざるをえません。人間の知恵とそれを上回るかのようなオオカミの知恵との息詰まるぶつかり合いはここだけでも読み応えがかなりあります。また内モンゴルの人々の風習、全ては天から与えられているものであるので人間の勝手でそのバランスを崩してはならない、次の世代のために取り過ぎてはならないというのは現代の過剰生産過剰消費の私たちの生活を反省を促しています。
面白い小説なんですけど、どうしても主人公の優柔不断な性格が許せないのです。
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「悪魔は人間の心の中にいる」とか「人間こそ悪魔だ」というようなことはよく聞きますね。そうですよねえ、本書もそうですよねえと思いながら読んでいました。「ナツメグの味」もそうですねえ、狂気って普段表面に出てない分底知れないですねえ。「特別配達」も「魔女の金」もそうですねえ。しかし、「猛禽」から雲行きが怪しい。あれれ、悪魔が本当に出てるじゃない。私たちが想像する悪魔そのままに人間を騙したり襲ったり。決して慌ててはいけません。だって奇想異色小説なのですから。しかし、ちょっと慣れていないと読みにくい部類の小説なのでは。
本書を読んでて面白かったのは悪魔が出てきても、「ほお、あなたが悪魔ですか。それはそれは初めまして」という感覚がすること。なんだかたちの悪い隣人がいるかのような気がします。母親が子どもに「嘘ついたら閻魔様に舌抜かれるよ!」と言っているかのようです。
あと、関係ないんですけど本書に挟み込まれていた『オン・ザ・ロード』の紹介冊子が面白かったです。
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