WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年1月>増住雄大の書評
評価:
おもしろかった。
読み終えて、まずそう思った。「伊坂小説の集大成」という看板に偽りなし、だ。
簡潔に物語を説明するなら、首相暗殺の濡れ衣を着せられた男の逃亡譚。捕まったら口封じのため殺されるのではないかと怖れ、必死に逃げ続ける男。しかし、警察に、メディアに、市民に、どんどん追い詰められていく。息が詰まるほどの緊張感。
その緊張を合い間に挟まれる大学時代のくだらない思い出話が解いてくれる。それは一つ一つがすごく暖かく、愉快な気持ちになれるエピソード。けれど同時に、現在の状況がいかに厳しいかがよりいっそう引き立てられるエピソードでもある。
リーダビリティの高い地の文と軽妙洒脱な会話、複雑に張り巡らされ綺麗に回収されゆく伏線、最後にはとびっきりの感動。
おもしろいエンタメ小説を探しているならこれを読めば間違いない。
評価:
最初に一点。本書は、前作『鴨川ホルモー』に登場したサブキャラクターたちの「スピンオフ」短篇集です。そのため、前作を読んでいないと楽しめない箇所が多々あると思います。なので、この作品だけ単独で読むのは絶対に薦めません。
つーわけで、ここからは書評の読者が前作を読んでいることを前提にして話を進めます。
今回は「ホルモー」をちょっとだけ脇にどけて、六篇全部が「恋」の話。前作であんまり語られなかった京大以外の大学のサークル事情、OB・OGがどうしているか、あの人物の彼女について、などが語られる。物語自体のおもしろさに加え、前作のあの場面の裏側ではこうなっていたのか的な楽しみも出来て、どれもが一粒で二度美味しい作品群に仕上がっている。
ただ、前作レベルのおもしろさを期待していると、もしかしたらがっかりしてしまうかも。悪くないんだけどなー。思わずほろりとさせられる話もあるし、そういうことだったのか! と膝をうちたくなるような話もあるし。
評価:
コピーを付けるなら「ずっと団地で暮らしてる」。小学校を卒業してから、ずっと団地を出ずに生活している少年。何も不自由しない日々を送るが、年々、同級生は引っ越していき、団地は過疎化が進む一方……。
私自身、物心ついてから大学に入るまでずっと団地に住んでいた。だからこそ言葉ではなく、心で理解できている。団地とは優れた居住形態であり、その中だけで暮らすことは、可能だということを。
けれどそれは、先細りの生である。ある時期を越えたら、世界は広がるどころか、確実に縮小していく。少し考えれば、暗い未来しか待っていないことがわかる。なのに、主人公は明るい。妙に明るい。そのことが、本来暗くなってもおかしくない作品内の空気を救っている。そして、物語としてのおもしろみを生み出している。
新人賞受賞作にしては、力強い、作品だった。著者はこの作品以外にも二つの作品で二つの新人賞を受賞したというから量も書けるのだろう。この先、きっとどんどん有名になっていくだろうな。
評価:
独特な空気を持つ作品だった。甘く、すえた匂いが満ちているような。今日が永遠に終わらないような。このまま一生どこにも行けないような。そんな空気。
主人公である四人の美しい少女たち(大学生)は、外界から隔離された塔に住んでいる。それぞれに事情を抱えて。お互いに無関心を装い、適度な距離を保っていたはずが、ある出来事により四人の関係はそれぞれに変わり始める……。
空気に、やられた。
読んでいる最中、私もどこかに閉じ込められてしまったかのように錯覚した。それはとてもくるしかった。けれど、嫌ではない。現状にとりあえず不満はない。新しいことを始めてみようとは思わない。諦めているのだ、と思う。心の奥底では、何かが澱んでいる気がする。
自分では気付かないけれど、弱っているのだ。そんなとき、近くにいる人に優しくされたら、もっと優しくされたい、私だけを見て欲しい、と思うのは、自然な感情だろう。
どっぷりと感情移入して、本気で胸がつまる少女小説だった。
評価:
『図書館戦争』シリーズ−激甘恋愛+怪獣≒『MM9』
上記の公式は、そこまで的外れなものでもないように思う。作品の舞台は今の日本ととても似ているが、一つ大きな違いがあった。それは、自然災害の一つとして「怪獣」が存在する、ということ。迫り来る怪獣の脅威に立ち向かえ! 気象庁特異生物対策部!
というわけで、怪獣の出てくるSFです。少年時代にリアルタイムでウルトラマンやゴジラを見てこなかった私としては、怪獣というと真っ先に『空想科学読本』を思い浮かべてしまうのですが、本書はそれ対策もばっちり。なんと「怪獣」は「神話宇宙」の生き物だから、私たちが知っている物理法則は適用されないのです。だからどう考えても自重を支えきれないフォルムでも全然OK!
バカバカしいことを大真面目にやる面白さ、みたいなものを感じました。先行の怪獣作品へのパロディがたくさんあり、怪獣愛にあふれた作品。最終話のオチが大好きです。
あ、『図書館戦争』よりむしろ『海の底』に似ているかもしれないな……
評価:
文化大革命の際にモンゴルのオロン草原に下放された知識青年が、現地の遊牧民の生活とオオカミに魅せられてゆく物語。時代が進むにつれ、その素晴らしい環境は……。
ストーリー展開はもちろん、思索的な部分もとてもおもしろい。著者の実体験を元にしているそうで、ディテールが細かく、興味深く、これもまたおもしろい。
上下巻で累計すると1000ページを超える大長編だけれど、活字の組み方がゆったりしているので、読んでいけば第一印象ほどの重たさは感じない。文章も内容もそんなに硬くなく、意外とすらすら読めてしまう小説である。
背景知識は、なくても大丈夫。世界史未履修の私でも楽しめたので。というわけで読もうかどうか迷っている人には、とりあえず手にとって読み始めてみることを薦めます。きっと最後まで読んでしまうと思いますよ。
評価:
ブラックな笑いに満ちた短篇集。同じ「KAWADE MYSTERY」シリーズで、先々月の課題図書だった「ダイアルAを回せ」に比べたら、ミステリミステリしていない。でも、これはこれでおもしろかった。
全体を通して思ったことは「幸運と不運は紙一重である」ということ。両者はふとしたはずみで転換する。
あのとき、もし、その話題を出したなら(あるいは、出さなかったなら)、ある事実を知っていたなら(あるいは、知らなかったなら)、あちらを選択していれば(あるいは、選択していなければ)、その後の運命は大きく変わったかもしれない。そういうことは、現実にも小説の中にも、たくさんある。
自分の言動・行動に気を付けよう、と改めて思い直す作品集だった。とかまあ小難しく考えずに、楽しむべきだと思います。小粒(一つ一つの話は短い)ですが、ぴりりと辛いですよ。
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