『羊の目』

羊の目
  1. 羊の目
  2. ドリーミング・オブ・ホーム&マザー
  3. 静かな爆弾
  4. 白蝶花
  5. 蒸気駆動の少年
  6. ニューヨーク・チルドレン
  7. ティファニーで朝食を
佐々木克雄

評価:星3つ

 個人的な話なのだが、味わって読みたい小説というものがあって、伊集院センセの作品がそれなのです。ガブガブと発泡酒を飲むより、じっくりとウイスキーを舐める感じ。伊集院作品には他の作家さんには到底出し得ない「艶(つや)」があり、「はあ、巧いなあ(≒美味いなあ)」と嘆息しながら読んでいることが多いのです。
 本作、激動の昭和を任侠道に捧げた男の一代記には、殺るか殺られるかの世界に生きる男達の生き様が色鮮やかに描かれている。前半の古き浅草の風景、上気した肌に色味を増す刺青、握ったドスから滴る鮮血……どれも映画のワンシーンのように読み手の中に浮かび上がってくる。マフィアまで現れるワールドワイドな展開には驚いてしまったけれど、独特の質感は相変わらず、じっくりと一文一文を噛みしめるように味わうことができました。
 余談ですが、主人公の母親に夏目雅子さんを重ねてしまったのは自分だけ?

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下久保玉美

評価:星3つ

 ヤクザとキリスト教。一見全く異なる、というよりも似つかわしくないこの両者の間に共通点を見出すならば「親」の観念だろう。キリスト教で「父なる神」と信じるようにヤクザの世界でも自分の親分を「親」として信じ、自らの身を危機にさらしても親である親分のために働く。本書ではこの「親」という観念を主人公が信念として持つことで物語が展開する。
 しかし、主人公は自ら語らない。主人公の周囲の人々が主人公を気にかけている。それは時には好意を抱き、時には敵対しながら主人公について語る。自らは語らない主人公は「羊の目」を、世俗にまみれていない心を持ちながらも抗争で手を血に染める。それは唯一の親と信じる親分のためであるからだ。そして信じている親分から裏切られようともその信念を曲げない。
 その姿は苦難にあっても神を信じる宗教者の姿と同じであり、信じるものがある者はない者よりも遥かに強い、ということを表しているのだろう。

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増住雄大

評価:星3つ

 読者層のメインは、おそらく私より上の世代。私と同世代、もしくはそれより下の世代で、伊集院静を未読の人は、書店で見かけても本書を手に取らないんじゃないかな? でもね。他の本のときにも言ったけど、食わず嫌いって、良くないよ。「知らない作者だ」「ヤクザ? 興味ないな」とか言う前にさ、まずは一口かじってみよう(数ページ読んでみよう)。
 あれ? あ、やっぱ驚いた? そうそう。パッと見、難しそうな本なのに、文章が思いのほか読みやすいよね。
 そんじゃあ、そのまましばらく読んでみ。主人公、格好良いからさ、ホント。……まあ、しばらく出てこないんだけど。え? あ、もういい? うんうん、いったん流れに乗ったらするするいっちゃうよねー。
 ――もうそんなに読んだの! 読むの早いねー。で、どう? え? 主人公がゴルゴっぽい? ごめん、俺、ゴルゴ読んでないからわかんないや。でも、何があろうと決して信念を曲げない、筋の通った男の人って格好良いよね。私が現世でこんな風になることは未来永劫ないだろなあ。うん。

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松井ゆかり

評価:星3つ

 個人的な話で恐縮なのだが、私は伊集院静のような感じの妙齢の殿方というのが最も苦手なのである。色男風で遊び人タイプ。そういった理由もあって、これまでにも伊集院氏の著作は「機関車先生」しか読んだことがない。その1冊と「羊の目」のみでこのような印象を持つのは早計に過ぎるかもしれないのだが、本書のようにいわゆる日陰者を描く方が著者のイメージからしたらしっくりくるような気がした。
 そうは言ってもやくざという種類の人々のあり方には抵抗があるので(やくざの中にも人格者として慕われる人間がいるわけだが、なぜそのような人々が他人の命を道具のように使う仕事をやれるのか、私にはどうしてもわからない)、主人公の魅力を根本では理解できていないと思う。いや、やくざであるとかいう以前に、彼の心の動きにどうも最後までついていけなかった。それは伊集院氏の狙いなのかもしれないが。

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望月香子

評価:星4つ

 どうにも魅力的すぎる夜の女が、産み落とした我が子を、自分の目にかなった男に託す。その子は、やがて「親」だけを信じ、そのために人を殺し続ける男、武美として生きてゆく。 
 さまざまな人の視点から語られる武美。ヤクザの世界に生きる美しい目をした武美が、「親」だけのために生きてゆく様に、格好良さと歯痒さと哀しさを感じます。絶対的な存在を信仰し、生きてゆく武美と、神を崇拝し生きてゆく人との「罪」の違いに、世界で起きている争いを重ねてみてしまいます。
 人を殺し続けながらも、その美しい目を相手に印象付ける武美に、淡い恋心さえも抱くほどです。続編が出ることを願っています!

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