WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年4月 >『静かな爆弾』 吉田 修一 (著)
評価:
吉田修一の作品を読む度に、あらたな感覚に気付かされる。いや、もしくは自分が元々持っているが気付いていない感覚を氏の小説でもって掘り起こしているのかも知れない。そんな意味でも彼の新しい小説を読むときは、いつも期待が高まる。
今回は「音」だった。耳の不自由な女性と付き合うテレビ局の男が、音のない彼女の世界を意識しながら仕事に追い込まれるという設定は、ありそうでなさそう、なさそうでありそう。けれど小説の中で、男は実際に彼女を想い、筆談で伝えようとするのだ。
女性が多くを「語らない」分だけ、その言葉のひとつひとつが厚みを帯びてくる。男は、決して軽い人物ではないのだが、彼女に向き合っていないと自覚している分だけ、見えている風景に戸惑いを禁じ得ないでいる。そんな二人のバランスが絶妙としか言いようがない。
サクッと切れるラストもいい。あのあと二人はどうなったのか、想像は尽きない。
評価:
自分の家族や友人、恋人についてどれぐらいのことを知っているだろうか。自分の故郷や今住んでいる地域について、日本や海外の遠い国についてどのくらい知っているだろうか。「知っている」と確信を持っていえることなど本当はとても少なくて、むしろほとんどないのではないだろうか。そんな疑問を感じながら本書を読んだ。
本書は主人公と聴力発話に不自由な女性との恋愛を縦軸に、主人公の手がけるドキュメント番組、タリバーンによるバーミヤン遺跡の大仏破壊と思われる、の取材を横軸に展開される。縦糸と横糸が織り合わさりながら、「お前は本当に知っているのか?」と読者に強く訴えることになる。あえて会話が成立しないという状況を作り出すことで恋人であっても全てを知ることはできないという事実を、また会話が成立してもその発言が嘘か本当か明確ではないというジレンマを提示することで「知る」ということの難しさに迫っている。
評価:
「言葉にできない思い」というものがある。
使い古された表現で、それ自体は、もうおもしろみもない。でも、ここまで上手に「言葉にできない思い」が表現されている活字媒体を見たのは初めてかもしれない。
「何か」ある。間違いなく「何か」ある。ふつふつと、自分でもよくわからない「何か」が胸のうちにつまっている。でも、言葉(文章)にしたら、「何か」のうちの「大事なもの」が抜け落ちてしまうような感じ。あの感じを小説に書くと、こんな風になるのか。
なんてね。何だか偉そうな感想を書き連ねてしまいましたが、構える必要はないです。本書はジャンル分けするなら、恋愛小説。東京が舞台のさらっとしてしゅっとした方の吉田修一です。福岡が舞台のべたっとしてどろっとした吉田修一が苦手な方も、気楽な気持ちでどうぞ。
ところで、「ついに『悪人』を書いた後の吉田修一が読めるぜ!」と、思ってわくわくしている方へ注意。本書の文章が雑誌掲載されたのは2006年です。『悪人』の後ではなく、同時期に書かれていた作品です。だからどうと言うこともないかもしれないですが。
評価:
“とらえどころのない作家”と聞いて真っ先に(遅くとも5人めまでには名前の出てくる)思い浮かぶ存在、それが私にとっては吉田修一である。本書の前に出版された「悪人」はミステリー風味で「こんなエンターテインメント風な小説を吉田修一が?」と驚かされたものだが、今回もまた「こんなトレンディドラマのような恋愛小説を吉田修一が?」と思った。どんなものを書いても私にとっては「こんな○○を吉田修一が?」と思わされるのが、この作家が特異な存在であることを表しているのではないかという気がしている。
耳の不自由な相手との恋愛とはどういうものなのか。いや、恋愛にまで至らなくとも、聴覚障害者のことを身近には知らないほとんどの人があっと思わされる事実が繊細に描かれていた。著者としてそこをいちばんに読んでほしいわけではないかもしれないのだが、まだまだ自分には理解できていないことが多いと気づかされた。それでも当たり前だが人の心の根本はもちろんみな似たようなものなのだということも丁寧に描かれていたと思う。吉田氏はある意味いつもはぐらかされるが、筆力を疑ったことはない。
評価:
公園で出会った耳の不自由な女性と恋におちたテレビ局に勤める俊平。
耳が聞こえない響子と聞こえる俊平では、視界が違うかのような出来事も。しかし、耳が聞こえる同士が付き合っても、お互いの視点が全く違うこともあり、自分は感じているのに、相手は何も感じていないことってある…。
世界情勢についての番組を制作する俊平たち、響子と俊平の付き合いを通して、自分が見えているもの、知っていることだけが全てだという人間の頭を、こんっと小突かれた気分になりました。
俊平と響子のメモのやり取りでの会話が、短い分だけ濃く、夕暮れの気配がします。
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