『ドリーミング・オブ・ホーム&マザー』

ドリーミング・オブ・ホーム&マザー
  • 打海 文三 (著)
  • 光文社
  • 税込 1,785円
  • 2008年2月
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  1. 羊の目
  2. ドリーミング・オブ・ホーム&マザー
  3. 静かな爆弾
  4. 白蝶花
  5. 蒸気駆動の少年
  6. ニューヨーク・チルドレン
  7. ティファニーで朝食を
佐々木克雄

評価:星2つ

 とらえどころのないミステリだった。それが同作の「味」とわかっているのだけれど。
 男性編集者、幼馴染みの女性ライター、女性作家、それと犬──三人と一匹が織りなす微妙な空気に引き込まれていくものの、話の軸がなかなか見えてこないから前半は戸惑うことしきり。でも、乾いた会話のなかに感情的な部分が排除されている気がするから、却って余計にミステリ感が増幅されていく。差し込まれる性描写もウラがありそうだし。
 後半、ミステリを読み解くような気持ちで読み進めると、たぶんいい意味で裏切られる。東京をパニックに陥れるSARS、もつれていく三人の関係、そして閉じきっていない終盤。どれをとっても一筋縄にいかない作者の計算が、ここでないどこかに読み手をさらってしまう。
 初めて読んだ打海作品が遺作だったとは残念。この人の魅力を知るためにはもう何冊か読まなくてはいけないなあと感じた。合掌。

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下久保玉美

評価:星4つ

 作者である打海文三氏は昨年十月お亡くなりになった。このニュースを聞いた時、また日本ハードボイルドの素晴らしい書き手がいなくなってしまったと感じた。そして氏の傑作戦争小説である『裸者と裸者』『愚者と愚者』に続く三部作完結編『覇者と覇者』が完成しないままとなった。本書解説で池上冬樹氏が言うようにもし完成されていれば打海文三の名前を広く広めただろうし、この三部作は戦争小説の新しい地平を開いたことだろう。こんなにも早く亡くなってしまったことがとても残念で、とても悲しい。
 本書は生前、自身のブログで掲載されていた小説。編集者・フリーライター・小説家の三人は親密な交友を築いていたが、小説家の飼い犬が発生源と思われるSARSが東京で発生する。この大流行が三人の関係に変化をもたらし、三人を嵐のような悲劇へと導く。
 作者の作品の特徴である人間の持つ弱さや暴力性、官能やタブーを描きながらもそれが単なるエログロで終わらないのは、まるで荒野に一人立つような孤独や悲壮を背後に感じずにはいられないからだ。嵐の後に残ったものは何なのか?まるで終わらない小説を読んでいるかのような気分になった。
 このような書き手がいなくなって本当に残念で、本当に悲しい。

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増住雄大

評価:星4つ

 シンプルな話だ。登場人物は三人。編集者・田中聡と、幼馴染のライター・さとうゆうと、聡がファンだった小説家・小川満里花。聡は仕事がきっかけで満里花と交流を持ち、三人+満里花の飼い犬・イエケは楽しい日々を過ごす。しかし……
 なにしろ筋がおもしろい。夜中に読み始めて、朝まで読み続けるというわかりやすいハマり方をしてしまったほど。キャラクターも素敵。メインの三人が、三者三様に、一言で「こういう人」と説明できない部分があるのが素晴らしかった。
 少し納得いかない部分もあるけれど(伏線の処理の仕方、ラスト近くの展開、など)、全体的に見ると大満足のエンタメ小説。この作家の新作を、もう永久に読めない、というのは本書が打海文三初体験の私にとっても残念です。
 ところで、偶然にも主要登場人物の一人が、高校時代の同級生(今でもたまに会って飲む)と同姓同名。序盤を読んでいるときに、ちらちらと、そいつの顔が浮かんで大いに困りました(途中から払拭することに成功)。小説の登場人物って、知り合いにはいない名前の方が良いよね。

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松井ゆかり

評価:星4つ

 最近“犬もの”はトレンドなのだろうか。私はどちらかとういうと猫派なのでこれまで特に意識はしていなかったのだが、泣かせる内容のものからファンタジーものまで書店に行くとあらゆるジャンルの犬の話が揃っているような気がする。といってもここまで狂気をはらんだ犬を描いた小説はそうそうないだろうが。
 恐るべき狂犬イエケが登場してしばらくは、不穏な空気が押し寄せてきたなとは思うものの、彼自身がここまで超越した存在だとは気づかない。しょっぱなから「嘘だろ」と思わずにいられないような事件などもあるにもかかわらず、「なんか、『ベルカ、吠えないのか?』とか『サウンドトラック』みたいな話なのかなあ」とか思いながら読んでいた(あ、どちらも古川日出男作品だった。いや、あれらも十分意表を突くような物語なのだが)。
 それがまさかああなってこうなってしまうとは。打海文三ってすごい作家だったのだなあ。亡くなってから気づく作家の偉大さはいつも物悲しい。

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望月香子

評価:星4つ

 「読後感」について、ここまで考えさせられたことはないような気がします。
編集者の田中聡と幼馴染のライターゆう、人気小説家小川満里花とその飼い犬のイエケの3人と1匹(4人と表現してもいいくらいですが)の関係が、鎖に繋がれたように物語は進んでゆきます。その鎖は揺れるとジャッジャと重く音を立てるように、静かだけれど熱い感情を孕んでいるようです。
登場人物、特にライターのゆうのせりふには考えさせられる哲学的要素が満載。それらの会話は編集者とライターという設定だからか違和感がそうないけれど、表現の難しさとは…と感じさせる部分がありました。
 この人間関係の絡まりだけで物語は終わらずに、東京でのSARSの発生へと物語は進行してゆくのですが、このあたりから、一体この本はどこへ?! と妙な気になり方でページをめくってゆきました。胸に何かを置いていかれたような読後感に困っています。

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