コラム / 高橋良平

もっとスペースを!──あるいは、戦後SF出版史番外篇(後篇)

  • タイム・トラベラー (ヤングアダルトブックス)
  • 『タイム・トラベラー (ヤングアダルトブックス)』
    石山 透
    大和書房
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 もうひとつ、愛聴していたのが「燃える水平線」だ。こちらは、打って変わって舞台はパプア・ニューギニア。主人公の少年を含む探検隊は、大洞窟を発見する。それは、オーストラリアからボルネオまで延び、熱帯の島々を繋いでいた。さらに、その地底の空洞世界には恐龍が生存しており、人類の知らなかった文明すら存在した......山川惣治や小松崎茂の絵物語を彷彿とさせる南洋冒険ロマン、ロスト・ワールド幻想譚で、毎週、夢中になって聴いていた。ところが、長じてから、同年輩のSFファンに、この番組の話をしても、返ってくるのは知らぬ存ぜぬの応えばかり。まさか、幻聴・妄想だったはずはないが、同調者がいないのは、心許ない。なんだか自信喪失。
 ......と、最近、区の中央図書館で、調べものをしていると、あった、あった、ありましたよ。一九六三年十月十三日付け〈毎日新聞〉のラ・テ欄に「冒険空想ドラマ」の見出しで──。

 と、その前に、この欄のトップ記事「初の一時間もの漫画」が興味ぶかいので、ご紹介。

〈フジテレビはこのほど、漫画家・手塚治虫氏の"虫プロダクション"と契約、一時間ものの長編テレビ漫画"手塚治虫傑作集"を制作することになった。
 制作される漫画は、これまで手塚氏が少年少女雑誌などに発表して子供たちに人気のあった「新宝島」「リボンの騎士」「0(ゼロ)マン」「魔神ガロン」「オズマ隊長」など二十六本。テレビ映画として一時間もの長編漫画が制作されるのは、世界でも初めての試みだという。
 フジテレビは、ことしの元日から虫プロ制作の「鉄腕アトム」(毎火曜後6・15)を放送中だが、これが局側の予想を上回る人気番組になったこと、米NBCテレビに一本約一万ドル(フジテレビの話)で"輸出"されたことが、こんど一時間ものを制作するにいたった大きな理由とみられる。(中略)虫プロではすでに五本を平行して制作中で、うち「新宝島」は年内に完成させる予定。フジテレビが現在、カラー放送用スタジオを建設中なので、二十六本のうちほとんどがカラー作品になる。
 いずれにしても日本のスタジオ・ドラマ、テレビ映画などテレビ番組の海外市場進出が望み薄であるだけに、日本人の手先の器用さが大いにものをいう長編漫画の"輸出"にかける関係者の期待には大きいものがある〉


 フジテレビで「鉄人28号」がスタートするのが一週間後の20日、11月7日に「エイトマン」(TBS)、11月25日に「狼少年ケン」(NET=現・テレビ朝日)の放映がはじまる──、いわば、テレビ・アニメ・ブーム幕開け直前の記事。なお、内幕は知らないが、残念ながら、「手塚治虫傑作集」は実現しなかった......。

 さて、肝心の「冒険空想ドラマ」の内容紹介記事である。

〈「燃える水平線」(NHK㈰後6・0)新番組。石山透・作。六ヶ月にわたって放送するスケールの大きい冒険空想ドラマ。舞台になる赤道直下の南海の島々に旅行し、現地のようすにくわしい石山氏がナゾにつつまれた未知の島に二十世紀の科学の盲点をついてまきおこる不思議な事件を描く。語り手=三国一朗、山崎博士=若山弦蔵、北川公一=露口茂、中野純子=森田育代ほか〉


 えっ、石山透だって!
 いやあ、知らなかった。石山透といえば、SFファンの間では、島田淳子主演のNHKドラマ「タイムトラベラー」のシナリオ・ライターとして、つとに有名。もっとも、偉そうなことをいえた身分じゃない。なにしろ、筒井康隆の原作中篇「時をかける少女」のほうは、初長篇『48億の妄想』の発売を待ちきれなかったほどのファンだったのに、学齢の違いで、連載された学習誌(〈中三コース〉六五年十一月号から〈高一コース〉六六年五月号まで七回連載)を読む機会もなく──愛読していた〈ボーイズライフ〉掲載の「10万光年の追跡者」や「四枚のジャック」、〈少年サンデー〉連載の「細菌人間」「マッドタウン」はオンタイムで読んでいる──、なぜか、鶴書房から出た単行本にも手を伸ばさず、このドラマで、ストーリーを知ったクチだ(結局、初読は角川文庫版だった)。さらにいえば、続編のドラマを石山さん自身がノヴェライズした『続・時をかける少女』も、買いそびれたまま。

 それはともかく、その他の石山さんのNHKでの仕事は、人形劇の「新八犬伝」「プリンプリン物語」が有名だろうし、もっと前には、手塚治虫原作の「ふしぎな少年」(演出にあたった辻真先が、回想録『テレビ疾風怒濤』で裏話を書いている)がある。
 恥ずかしながら、石山さんについて、そのくらいしか、知らない。
 さっそく、図書館の資料コーナーに向かい、『著作権台帳』をひらくと、物故者名簿のほうに......〈1927・5・15〜1985・12・3〉。えっ、亡くなってたのかと驚きつつ、新聞の縮刷版の棚へ。〈朝日新聞〉十二月五日付け朝刊に、訃報。

〈石山 透氏(いしやま・とおる=放送作家、本名伊藤幸司=いとう・こうじ)三日午後六時、心筋こうそくのため、神奈川県茅ケ崎市(〜)の自宅で死去。五十八歳。(中略)小樽市生まれ。主な作品に、NHKのテレビドラマ「新八犬伝」「鳴門秘帖」など〉


 石山透の人と作品、放送関係ではよく知られているのだろうし、きっと、ネットで検索すれば、もっと多くの情報を得られるのだろうが、我が家は相も変わらず電脳生活と無縁。畏友の池田憲章と連絡がとれれば、彼のことだから、石山さんにインタビュウしてたかもしれない。まあ、急ぐことはない。そのうちに、なぜ、〈赤道直下の南海の島々に旅行し、現地のようすにくわし〉かったのかも、分かるだろう。いまは、「燃える水平線」の作者が、石山さんだと判明しただけで充分。小学生だったぼくの想像力をかきたててくれた石山さんの霊に、感謝を捧げるのみ。

 やがて中学にあがると、剣道部の部活や塾などで帰宅は遅く、夕方の帯ドラマとは自然に疎遠となり、その代わり、夜のお勉強時間に、油井正一、大橋巨泉、渡辺貞夫にジャズを教わったり、〈平凡パンチ〉の三人娘の声に耳をすましたりして、深夜放送と親しくなってゆくのだった......。

 ところで、テレビが壊れて数週間、いつしかテレビ番組を観られない生活にもなれてしまい、地デジ放送はともかく、DVDが観られないのは困りものだが、いまはラジオが友。浮気なものである。片付けも、ベータやVHSのテープを処分したり、数年分の〈NYタイムズ〉〈LAタイムズ〉のブックレビュウをスクラップしてリサイクルのゴミに出したりと、おろそかにしていないのだが......振りかえれば、沈黙したブラウン管テレビは、前と同じ場所に、いまも鎮座ましましている。夜明けは遠い。

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