コラム / 高橋良平

ポケミス狩り その19
「「女には向かない職業?」の巻」

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 大津波悦子・柿沼瑛子共著『女性探偵たちの履歴書(プロフィール)』(同文書院インターナショナル・1993年12月)の第Ⅰ章「女性探偵への道」に、

〈ミッシェル・スラングによれば、第一次世界大戦前に三十四人もの女性探偵が登場しているが、そのうち女性の作者はオルツィとL・T・ミード(別名ロバート・ユースティス)の二人しかいないとのことである〉

 とある。

『20世紀クライム&ミステリ・ライターズ(第二版)』(セント・ジェイムズ・プレス、1985年)によると、アイルランドのコーク県に生まれ、大英博物館勤務、少女雑誌〈アトランタ〉(1887年創刊)をA・A・リースと6年間編集の経験もあるL・T(エリザベス・トマシーナ)・ミード(1844〜1914)の項には、ミステリ以外、Letty's Last Home(1875) をはじめ、少女小説を中心に、没後出版も含め200 作以上の著作(それでも、稀覯本が多く、完全な著作リストは未完成とのこと)が挙げられている。

 ミステリは、デビュー作のA Ring of Rubies(1892)以後、19作の長篇と12冊の短篇集をものしているが、〈ストランド・マガジン〉などの雑誌に連載した彼女の作品のほとんどは、一人称の冒険ミステリであり、クリフォード・ハリファックス、ロバート・ユースタス(Eustace 、別名にあらず)、ロバート・ケナウェイ・ダグラスらとの共作では、彼らにミステリのアイデアを提供してもらい、彼女が実作したといわれる。その中でも、ユースタスと共作した女性探偵ミス・キューザックのシリーズがベストだと、解説者のE・F・ブライラーは評価している。

 歴史ロマン『紅はこべ』(1905)で有名なバロネス・オルツィ(フルネームは、Emma Magdalena Rosalia Maria Josefa Barbara Orczy,1865-1947 )は、なかなか芽のでない新人作家のころ、〈ピアソン・マガジン〉の編集者に、"シャーロック・ホームズ"の人気にあやかって探偵小説を書いてみたらと勧められ、それで執筆したのが安楽椅子探偵物の古典となる"隅の老人"シリーズだという。38作書かれたシリーズ短篇のうち、その傑作選が、ハヤカワ・ミステリ文庫から『隅の老人』(山田辰夫・山本俊子訳)、創元推理文庫から『隅の老人の事件簿----シャーロック・ホームズのライヴァルたち』(深町眞理子訳)として出ている。

 オルツィはそのほか、女性刑事レディ・モリー・デ・マザリーンが主人公で、全12話のLady Molly of Scotland Yard(1910) 、ロンドンで開業したアイルランド人弁護士パトリック・マリガンを主人公にした、これまた全12話のSkin o' My Tooth(1928)を上梓。また、ナポレオンの密偵フェルナンが主人公のThe Man in Grey,Being Episodes of the Chouan Conspiracies in Normandy During the First Empire(1918) 、1813年のパリを舞台に身勝手な警官まがいのM・エクトール・ラティチョンが主人公のCastle in the Air(1921)と、犯罪と謎解き要素を含む歴史冒険譚の短篇集2冊も出している。

 その後、第一次世界大戦から第二次世界大戦までの間戦期----いわゆる"本格探偵小説の黄金期"、換言すれば、ミステリが出版界でジャンルとして確立した時期----に、『スタイルズ荘の怪事件』(1920)でデビューしたアガサ・クリスティーを筆頭に、ミステリ・プロパーの女性作家が続々と誕生し、戦後もその傾向は続いてゆく。

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装幀・浜田稔(『毒』『幽霊の死』)

 当初、"世界探偵小説全集"を謳っていたからには、女王クリスティーは別格にしても、"ポケミス"が、そうした未紹介の女性作家たちの傑作・秀作をフォローしないわけには、いかない。

 そんなわけで、ぼくが入手できたうち、具象画カバーが飾った女性作家たちをデビュー順に並べると----

 1923年、『誰の死体?』(浅羽莢子訳・創元推理文庫)でデビューしたドロシイ・セイヤーズ(英・オクスフォード生/ 1893-1957 )の『毒』1930(井上一夫訳)。

 1928年、The White Cottage Mystery でデビューしたマージェリー・アリンガム(英・ロンドン生/ 1904-1966 )の『幽霊の死』1934(服部達訳)。

 1929年、Gordon Daviot 名義のThe Man in the Queueでデビューしたジョセフィン・テイ(英・スコットランド生/本名Elizabeth Mackintosh/1896-1952)の『時の娘』1951(村崎敏郎訳)と『フランチャイズ事件』1948(大山功訳)。

 1934年、A Man Lay Deadでデビューしたナイオ・マーシュ(ニュージーランド・クライストチャーチ生/ フルネームEdith Ngaio Marsh /1895-1982)の『ヴァルカン劇場の夜』1951(村崎敏郎訳)。

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 1940年、Give a Corpse a Bad Nameでデビューしたエリザベス・フェラース(ビルマ・ラングーン生/本名Morna Doris Brown/1907-1995)の『私が見たと蠅は云う』1945(橋本福夫訳)。

 同じく1940年、Unexpected Nightでデビューしたエリザベス・デイリイ(米・ニューヨーク生/ 1878-1967 )の『二巻の殺人』1941(青野育訳)。

 戦後の1946年、パット・マガーPatricia McGerr (米・ネブラスカ生/ 1917-1985 )のデビュー作『被害者を探せ』(衣更着信訳)。

 1951年、The Knife Is Feminine でデビューしたシャーロット・ジェイ(南オーストラリア・アデレイデ生/本名Geraldine Mary Jay/1919-1996)の『死の月』1952(恩地三保子訳)。

 ところで、『死の月』は、デビュー作と同じくイギリスのコリンズ社から刊行され、翌1953年に米版がハーパー&ブラザース社が出て、作者のアメリカでの初紹介となったのだが、どうやら、これがデビュー作と勘違いされたようだ。

 というのも、〈別冊宝石〉119 号(1963年6月)「世界探偵小説全集51:アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作特集」の田中潤司氏のコラム「別冊鬼の手帳/M・W・A十八年の歩み」に、こんな一節があるからだ。

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装幀・勝呂忠

〈今日までに「エドガーズ」を受けた長篇ミステリイは別表の通りで、一九四五年から五二年までは、最優秀の処女長篇のみに賞が授けられていた。ところが、一九五三年からはこれに最優秀長篇賞が加わり、今日までずっと二本立ての授賞が行われている。では、何故、この時から新しく長篇賞なるものが設けられたかというと、同年の授賞候補作に選ばれたのが、シャーロット・ジェイというオーストラリアの女流作家の作品だったからである。ジェイの「死の月」も処女作には違いなかったのだが、元来、M・W・Aの処女長篇賞の対象となるには、アメリカ人の書いた作品であることという規約があって、ジェイの作品には処女長篇賞を与えることができなかった。そこで、新しく長篇賞を設け、それをシャーロット・ジェイの「死の月」に与えることになったのである〉

 ちなみに、このときの処女長篇部門の受賞作が、アイラ・レヴィンの『死の接吻』。

 ともあれ、以上の各作品の登場人物表をひけば、『毒』の探偵は、セイヤーズ作品でおなじみの〈探偵を趣味にしている貴族〉ピーター・ウィムゼイ卿、『幽霊の死』は私立探偵アルバート・キャムピオン、『時の娘』と『フランチャイズ事件』は〈ロンドン警視庁警部〉アラン・グラント、『ヴァルカン劇場の夜』は〈ロンドン警視庁刑事捜査部・捜査課長〉ロデリック・アレン、『私が見たと蠅は云う』はコリイ警部が出てくるが、舞台となる下宿屋の住人全員が犯人捜し、『二巻の殺人』は〈古書籍研究家〉ヘンリー・ガーマジ、『被害者を探せ』は本土で起きた殺人事件の被害者をアリューシャン列島駐屯中のアメリカ海兵隊員たちが推理する異色作----と、『ヴァルカン劇場の夜』と『私が見たと蠅は云う』は語り手が女性であるものの、どの作品にも、ミス・マープルのような、探偵役と呼べる女性は、登場していない。

 そして、『死の月』は、パプア・ニューギニアの島で夫は殺されたと信じる妻が、犯人捜しに島を訪れるのだが......出たとこまかせの体当たり、熱帯のハードボイルド探偵というか、彼女が名推理を働かせるわけでは、ない。

 だからといって、それらの長篇がつまらないわけではもちろんなく、むしろ、それぞれ独自に凝らした小説的な面白さというプラスアルファ、それこそが女性作家の書くミステリの魅力かもしれない。

 冒頭に引用した『女性探偵たちの履歴書』の帯に、〈時代は4F(Four Females)の予感〉とある。出版された当時、サラ・パレツキー、スー・グラフトン、パトリシア・コーンウェルらによるヒロイン・ミステリが花盛り。女性作家による女性探偵を主人公にした翻訳ミステリがよく読まれ、作者、主人公、翻訳者、読者も女性という----なんだか、ハーレクインをはじめとするロマンス小説の傾向めいた----現象が話題になったためだ。

 いまでは、そのころよりも翻訳ミステリの読者は減ったようだが、作者が、主人公が、女性だからといって特段、話題になることはない。

 そう、いまは、"女流"なぞという言葉が死語化し、真っ当な時代になったのだと、素直に思う。


1960(昭和35)年・下半期[奥付準拠・発行順リスト]
  7月15日(HPB 561)『武器の道』E・アンブラー(宇野利泰訳)
  7月15日(HPB 570)『叛乱』E・リード(村崎敏郎訳)
  7月31日(HPB 567)『赤い鎧戸のかげで』C・ディクスン(恩地三保子訳)
  7月31日(HPB 568)『カレンダー・ガール』E・S・ガードナー(峰岸久訳)
  7月31日(HPB 569)『秘密機関』A・クリスティー(田村隆一訳)
  7月31日(HPB 571)『待ち伏せていた狼』E・S・ガードナー(新庄哲夫訳)
  7月31日(HPB 572)『蝙蝠は夕方に飛ぶ』A・A・フェア(田中小実昌訳)
  8月15日(HPB 573)『悪い種子』W・マーチ(北村太郎訳)
  8月15日(HPB 574)『死が二人を』E・マクベイン(加島祥造訳)
  8月15日(HPB 577)『検事出廷す』E・S・ガードナー(平出禾訳)
  8月15日(HPB 578)『大当りをあてろ』A・A・フェア(砧一郎訳)
  8月31日(HPB 575)『キングの身代金』E・マクベイン(井上一夫訳)
  8月31日(HPB 580)『ジャングル・キッド』E・ハンター(都筑道夫・他訳)
  9月15日(HPB 576)『黄金の煉瓦』A・A・フェア(尾坂力訳)
  9月15日(HPB 581)『闇のささやき』N・ブレイク(村崎敏郎訳)
  9月30日(HPB 579)『忘れられた殺人』E・S・ガードナー(中桐雅夫訳)
  9月30日(HPB 582)『死は熱いのがお好き』E・ボックス(久良岐基一訳)
  9月30日(HPB 583)『法廷外裁判』H・セシル(吉田誠一訳)
  9月30日(HPB 584)『死人の鏡』A・クリスティー(小倉多加志訳)
  10月15日(HPB 586)『探偵コンティネンタル・オプ』D・ハメット(砧一郎訳)
  10月15日(HPB 587)『死体置場は花ざかり』C・ブラウン(田中小実昌訳)
  10月25日(HPB 596)『検事方向転換す』E・S・ガードナー(平出禾訳)
  10月31日(HPB 588)『殺人のためのバッジ』W・P・マッギヴァーン(佐倉潤吾訳)
  10月31日(HPB 589)『恐怖のパスポート』E・リード(加島祥造訳)
  10月31日(HPB 590)『ミストレス』C・ブラウン(宇野利泰訳)
  10月31日(HPB 591)『殺人者はまだ捕まらない』M・プロクター(中桐雅夫訳)
  10月31日(HPB 593)『約束』F・デュレンマット(前川道介訳)
  11月10日(HPB 597)『空っぽの罐』E・S・ガードナー(三樹青生訳)
  11月15日(HPB 585)『グレイ・フラノの屍衣』H・スレッサー(森郁夫訳)
  11月15日(HPB 592)『夜の人』B・ボルゲ(片岡啓治訳)
  11月30日(HPB 594)『雷鳴の中でも』J・ディクスン・カー(村崎敏郎訳)
  12月15日(HPB 595)『パディントン発4時50分』A・クリスティー(大門一男訳)
  12月15日(HPB 599)『大いなる手がかり』E・マクベイン(加島祥造訳)
  12月15日(HPB 601)『ゴールドフィンガー』I・フレミング(井上一夫訳)
  12月15日(HPB 604)『夜の恐怖』R・ブロック(中田耕治・他訳)
  12月15日(HPB 606)『黄金の褒賞』A・ガーヴ(福島正実訳)
  12月31日(HPB 600)『殺意の楔』E・マクベイン(井上一夫訳)
  12月31日(HPB 602)『ガラスの村』E・クイーン(青田勝訳)
  12月31日(HPB 603)『ギャルトン事件』R・マクドナルド(中田耕治訳)
  12月31日(HPB 605)『鳩のなかの猫』A・クリスティー(橋本福夫訳)
  12月31日(HPB 607)『倍額保険』A・A・フェア(田中小実昌訳)
  12月31日(HPB 608)『スカイティップ』E・リード(村崎敏郎訳)
  12月31日(HPB 609)『快盗ルビイ・マーチンスン』H・スレッサー(村上啓夫訳)
  12月31日(HPB 610)『旅人の首』N・ブレイク(小倉多加志訳)
  12月31日(HPB 611)『ヌーン街で拾ったもの』R・チャンドラー(清水俊二・他訳)
  12月31日(HPB 613)『恋人』C・ブラウン(野中重雄訳)
  12月31日(HPB 614)『墓を掘れ!』C・ブラウン(山下諭一訳)

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