コラム / 高橋良平

ポケミス狩り その7
「クイーンの巻」

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装幀・浜田稔

 かの有名な"読者への挑戦"のページに出会ったのは、小学校の図書室にあった、あかね書房版の『エジプト十字架の秘密』であった。同社の社史をひもとくと、[少年少女世界推理文学全集]の第5回配本の第8巻で、翻訳は亀山龍樹、挿画は横尾忠則とある。

 推理小説だと構えて読みはじめたのだから、さあ、きちんと推理して、犯人を当ててごらん、と作者にいわれ、知恵くらべに挑戦しない子どもはいないだろう。ぼくの場合、まあ、ほとんど当てずっぽうだったから、ご想像どおり、大はずれ。でも、悔しがるより、感服するばかり。いってみれば、だまされる快感を知ったわけだが、だからといって、ミステリにのめりこむことはなかった。

 それよりも、ずっとワクワクして読んだ図書室本が、あかね書房の[少年少女ワールドライブラリー]の第1巻、W・エリス編の『世界宇宙科学名作集』(白木茂訳・1961年10月刊)だった。もっと空想科学物を読みたかったのだが、図書室に数冊あった岩崎書店の[ベリヤーエフ少年空想科学小説選集]は読んでしまい、ほかに目ぼしいものがなく、『エジプト十字架の秘密』を手にとったのだった。前記の社史によると、刊行は1964年1月の刊行とあるから、小学校の卒業直前に読んだことになる。そして、その前月には、クリスティーの『ABC怪事件』(塩谷太郎訳・駒崎晶子画)が出ており、ひょっとすると、この本でクリスティーに腹を立てたのかもしれない(前回参照)。

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『九尾の猫』装幀表記なし/『オランダ靴の秘密』『靴に棲む老婆』『ドラゴンの歯』装幀・浜田稔

 ところで、最近の『東西ミステリーベスト100 』(文藝春秋)で、翻訳ミステリの第1位の『そして誰もいなくなった』に席をゆずり、第2位にランキングされた『Yの悲劇』を読んだのは、ほんの少し前のこと。石上三登志さんから『名探偵たちのユートピア 黄金期・探偵小説の役割』(東京創元社・KEY LIBRARY)を拝受したのがきっかけで、〈ドイルからクイーン、クリスティ、乱歩、正史まで、名作を再読し、行間にひそむ謎を解く比類なき評論〉を前に、これを機会に読んでおこうと思ったのだ。いやなに、ぼくは未読のミステリの犯人をバラされても、ヘーキで読めるんですけどね。

 我が家にあるのは、創元社の[世界名作推理小説大系]の別巻、『Xの悲劇・Yの悲劇』『Zの悲劇・レーン最後の事件』(ともに鮎川信夫訳)とポケミス版『Yの悲劇』(砧一郎訳)。4部作を一気に通読したのである。その読後感はというと、どうもソッチ方面の感度が鈍いせいか、謎解きに感心しなかったわけではないが、『Yの悲劇』が名作かどうか、ピンとこなかったのだ。それよりも驚いたのは、この4部作の異常さだ。どんどん犯罪がリアリスティックになっているのだ。人が人を殺す意味を追究、考察しているかのようだ。『Yの悲劇』は、いまの言葉を使えば、コピーキャットといえるのではないか。ぼくには、4部作を通して、ジュリアン・シモンズが指摘したパズラーからクライム・フィクションへの歴史を辿っているように思えたのだ。そう考えると、クイーンが、あれほどハメットにこだわり、もりたてた理由が見えてきた気がするのだが、どうなんだろう。まあ、門外漢の意見ですけどね。


[資料篇]"ポケミス"刊行順リスト#5(奥付準拠)
1955(昭和30)年・下半期
  7月15日(HPB 185)『災厄の町』E・クイーン(妹尾韶夫訳)
  7月15日(HPB 194)『被害者を探せ』P・マガー(衣更着信訳)
  7月15日(HPB 201)『ブラウン神父の無知』チェスタートン(村崎敏郎訳)
  7月15日(HPB 206)『墓場貸します』C・ディクスン(西田政治訳)
  7月15日(HPB 208)『白昼の悪魔』A・クリスティー(堀田善衛訳)
  7月31日(HPB 207)『愛国殺人』A・クリスティー(加島祥造訳)
  7月31日(HPB 209)『日光浴者の日記』E・S・ガードナー(田中融二訳)
  8月15日(HPB 210)『大はずれ殺人事件』C・ライス(長谷川修二訳)
  8月15日(HPB 212)『掏替えられた顔』E・S・ガードナー(砧一郎訳)
  8月31日(HPB 213)『ドラゴンの歯』E・クイーン(青田勝訳)
  8月31日(HPB 214)『赤い家の秘密』A・A・ミルン(妹尾韶夫訳)
  9月15日(HPB 215)『チャーリー・張の活躍』E・D・ビガース(長谷川修二訳)
  9月15日(HPB 216)『門番の飼猫』E・S・ガードナー(田中西二郎訳)
  9月15日(HPB 217)『私が見たと蠅は言う』E・フェラーズ(橋本福夫訳)
  9月30日(HPB 218)『チャイナ・オレンジの秘密』E・クイーン(乾信一郎訳)
  9月30日(HPB 220)『曲った蝶番』J・D・カー(妹尾韶夫訳)
  10月15日(HPB 219)『黄金の十二』E・クイーン編
  10月15日(HPB 221)『帝王死す』E・クイーン(西田政治訳)
  10月15日(HPB 223)『泥棒成金』D・ドッヂ(田中融二訳)
  10月31日(HPB 202)『ブラウン神父の知恵』チェスタートン(村崎敏郎訳)
  10月31日(HPB 224)『アクロイド殺し』A・クリスティー(松本惠子訳)
  11月30日(HPB 225)『色っぽい幽霊』E・S・ガードナー(尾坂力訳)
  11月30日(HPB 226)『暗い鏡の中に』H・マクロイ(高橋豊訳)
  11月30日(HPB 227)『死への旅』A・クリスティー(妹尾韶夫訳)
  12月15日(HPB 229)『嘲るものの座』J・D・カー(早川節夫訳)
  12月15日(HPB 230)『マギル卿最後の旅』F・W・クロフツ(乾信一郎訳)
  12月15日(HPB 232)『或る男の首』G・シムノン(永戸俊雄訳)
  12月31日(HPB 228)『ヘラクレスの冒険』A・クリスティー(妹尾韶夫訳)
  12月31日(HPB 231)『地獄の椅子』H・ケイン(中田耕治訳)
  12月31日(HPB 234)『これは殺人だ』E・S・ガードナー(平井イサク訳)

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