『にょっ記』穂村弘

●今回の書評担当者●勝木書店本店 樋口麻衣

 どんなに疲れていても、元気がなくても、「あぁ本が読みたい」と思ってしまいます。それどころか、本を読んで元気を回復しようとしてしまうくらいには本が好きです。本を読まずにゆっくり休むのもいいですが、本を読んで元気を回復するというのもいいですよね。ということで、今回は元気を出したいときに読みたい本をご紹介します。

 穂村弘著『にょっ記』(文春文庫)です。

 夢の中で武蔵丸が「私より、大きいひとも、いるんです」と訴える話とか、ウィーン少年合唱団にうちのシイタケを食べさせてあげたいと願うおばさんたちの話とか、今からジャニーズの一員になるとして、入団の挨拶をどうするか悩む話とか、こんな話が全て日記の形式で書かれています。

 ここまで読んだだけでニヤついた方、なんだかすぐにでも友達になれそうな気がします。よくわからない内容の本だなと思われた方、新しい世界へようこそ、とりあえず騙されたと思って読んでみてください。

 私がこの本で一番好きな話が、『5月2日「お~いお茶」の謎』と題された話です。

「お~いお茶」を飲んで、その缶をぼんやり眺めているうちに、奇妙なことに気づいた穂村さん。「お~い」の「お」と、「お茶」の「お」。ふたつの「お」の筆跡が同じ人間が書いたとは思えないほどまったく違っています。そこから話は、お習字の名人とマンネン(弟子の名前)の壮大なドラマ(妄想)へと広がっていきます。さて、どんなドラマがあったのか、それは本書のP23~を読んでみてください。

 子どもの頃から本を読みすぎた影響か、想像力がやや逞しくなりすぎた私としては、穂村さんの想像力にすごく共感してしまいます。こういうことを考えていたのは私だけじゃないんだという安心感。頭の中でなんとなく考えていることを言葉にしてもらえた安心感。そんな安心感に包まれながら、『にょっ記』の世界に浸っていると、肩の力が抜けて、元気が出てきます。

 そしてもうひとつ、この本を読むといつも言葉の魅力に気づかされます。「言葉」はそれ自体、魅力のあるものですが、「言葉」と「言葉」が組み合わさったときに生まれる「言葉の動き」は不思議でおもしろいものだと思います。そこに「言葉がある」ことで生まれる想像の余地もあるし、「言葉がない」からこそ生まれる想像の余地もあって、そんなところもおもしろいと感じます。日記の形式で書かれていますが、「言葉」に注目して読んでみると、やはり歌人・穂村弘さんが書かれた作品だなと思います。

 と、少し難しいことも書いてしまいましたが、とにかくおもしろい本です。ニヤニヤから爆笑まで、いろんなタイプの笑いが詰まっていて、じわりじわりと効いてきます。読み終えるころにはすっかり中毒になってしまう人もいるかと思いますが、ご安心ください。このシリーズ、『にょっ記』から『にょにょっ記』・『にょにょにょっ記』まで続いていますので、思う存分お楽しみください。

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勝木書店本店 樋口麻衣
勝木書店本店 樋口麻衣
1982年生まれ。文庫・文芸書担当。本を売ることが難しくて、楽しくて、夢中になっているうちに、気がつけばこの歳になっていました。わりと何でも読みますが、歴史・時代小説はちょっと苦手。趣味は散歩。特技は想像を膨らませること。おとなしいですが、本のことになるとよく喋ります。福井に来られる機会がありましたら、お店を見に来ていただけると嬉しいです。