『まぐさ桶の犬』若竹七海

●今回の書評担当者●精文館書店豊明店 近藤綾子

  • まぐさ桶の犬 (文春文庫 わ 10-7)
  • 『まぐさ桶の犬 (文春文庫 わ 10-7)』
    若竹 七海
    文藝春秋
    1,100円(税込)
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あの葉村晶が帰ってきた~!なんと、5年ぶりですって!

飽き性のため、シリーズ物はほとんど途中で挫折する私だが、このシリーズは毎回楽しみにしている。待ちに待った新作なので、本当に嬉しい。

葉村晶。タフで日本一不運な女探偵。そういえば、この葉村晶がドラマ化した際には、「世界一不運な女探偵」と「日本一」から「世界一」に格上げされていた。確かに、ここまで、不運だもん。世界一で認定してよし。

シリーズ第一弾『依頼人は死んだ』では、まだギリギリ20代だった葉村晶も、今作では、50代突入。「不運体質の基礎疾患」に加え、五十肩に、老眼に、更年期障害の症状、歯痛に花粉症もあるというボロボロの満身創痍。そう、タフな葉村晶も、一般女性同様に、色々お年頃なのである。そういう私も、葉村晶とは同世代のため、他人事ではなく、共感しまくりである。

今作の『まぐさ桶の犬』(冒頭に、この言葉の引用と意味が書かれているんだけど、読んだはずなのに、記憶がなかった...汗)でも、葉村晶は、相変わらずの不運ぶり。近所の老人の世話を強引に頼まれたかと思うと、その老人の親戚のもめごとに巻き込まれ、人探しを頼まれただけかと思いきや、これが、ぐちゃぐちゃのドロドロのめちゃくちゃに複雑な有名私立大学の創業者一族のお家騒動に巻き込まれ、気がつけば、殺されそうになる。葉村晶とはお年頃仲間だが、全く違うのは、殺されそうになったら、葉村晶には「心当たりは、ありすぎるほどあ」ること。さすがに、私には...というか、一般人には、それはない。

毎回、このシリーズは、登場人物が、一癖も二癖もある人間だらけであるが、今回も変わらず。表向きは、立派に見える人々が、実際は、欲望にまみれた醜悪な人間であることが分かる。今回は、複雑な血縁関係ってこともあり、ある意味、更に、パワーアップした感じ。そんな状況の中、死体を発見したり、殺されそうになったりしながらも、依頼人からの秘密は、絶対守るのが葉村晶。探偵としての矜持を強く持っている葉村晶は、身体は、ボロボロでも、やはり、クールでかっこいい。

また、相変わらず、吉祥寺のミステリ専門店<MURDER BEAR BOOKSHOP>の二階に住み、書店のアルバイトもしている葉村晶。店長の富山にはいいように利用され、理不尽な目にも遭っているのにも関わらず、大して反論も出来ないでいる。

富山店長と言えば、巻末のミステリ紹介がこのシリーズの楽しみの一つ。本文中には、ミステリの小ネタが散りばめられていて、思わずニヤリとしてしまうくらい楽しいが、その小ネタについての富山店長の蘊蓄もさらに楽しい。
私立探偵フィリップ・マーロウの有名な言葉に、「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格はない。」(レイモンド・チャンドラー『プレイバック』)があるが、この名言は、葉村晶にぴったりだ。探偵としての矜持を持ち、仕事が出来て、タフで、かっこよくて、優しい。ただし、不運すぎるけど。

次に葉村晶に会えるのは、還暦の葉村晶になるのかな。とにかく、いつの日か再び葉村晶に会える日まで、私は、このシリーズの面白さを、そして、その他の面白い本を、書店員として、お客様に紹介し続けるぞ!ここだけの話、実は、私、文章を書くより、トークの方が自信があるんです。「百聞は一見に如かず」。ご来店お待ちしてます(笑)

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精文館書店豊明店 近藤綾子
精文館書店豊明店 近藤綾子
本に囲まれる仕事がしたくて書店勤務。野球好きの阪神ファン。将棋は指すことは出来ないが、観る将&読む将。高校生になった息子のために、ほぼ毎日お弁当を作り、モチベ維持のために、Xに投稿の日々。一日の終わりにビールが欠かせないビール党。現在、学童保育の仕事とダブルワークのため、趣味の書店巡りが出来ないのが悩みのタネ。