『きらきらひかる』江國香織
●今回の書評担当者●福岡金文堂志摩店 伊賀理江子
「ごく基本的な恋愛小説を書こうと思いました。」
と、江國さんの言葉で、そうあとがきに書いてある。
「人を好きになるということ、その人を感じるということ。」
ごく基本的な恋愛小説。
「基本的」は一旦よこに置いて、この物語は究極で純粋な恋愛小説だとやはり思う。
この物語は 十日前に結婚した夫婦ふたりの、交互の視点で語られる。
妻の笑子(しょうこ)は鬱病でアル中、夫の睦月(むつき)はホモで、紺という恋人がいる。
...頭を抱えずどうかついてきてほしい。
ふたりはお見合い結婚だ。結婚というものを望んでいなかった2人が世間体のために見合いをし、予定外に本当に結婚することにした。
興味を持ったのだと思う。正直に、結婚するつもりはないとお見合い時に言い合ったふたりだ。ふたりで過ごすうち心の奥を、その人の核を、認めたのだと思う。認めて、敬意を持ち、好意を持ったのだと、私は思う。
この「好意」、笑子と睦月の場合だと「愛している」になるのか「好き」になるのか、私は勝手にぐるぐる考え込んだ時期もあった。
でも、おそらくどっちだって同じことなのだ。
その人のことを気にかけ、考え、思いやる。これが所謂愛か恋かどうかジャッジするなんて野暮の極みだ。
夫の睦月には昔からの恋人、紺がいる。
紺と笑子は、気が合う(それはそうだ、だって睦月のことが好きなふたりだもの)。
2人で睦月の勤め先の病院へ職場見学へ行ったりする(睦月は医者だ)。
妻と恋人がふたり揃って自分の職場に来るってなんかすごい。
のほほんと、愉快そうに睦月の仕事ぶりを堪能する。安心してほしい、ありがちな修羅場なんぞ皆無です。
睦月は笑子の朝食を用意する。笑子のために部屋を心地よい温度に設定し出勤する。笑子が喜ぶかもと考え、贈り物や、様々な提案をする。
笑子は睦月のためにベッドのシーツにアイロンをかけ素早く毛布でふたをし、あたたかく眠れるようにする。睦月が患者さんを思い気持ちが沈む様子をみると胸が痛む。睦月とベランダで夜風にあたる時間を大切に思っている。
自分の好きなひとが幸せでいてほしい。
自分の好きなひとと、好きなひとの好きなひとが幸せで、健やかに過ごしてほしい。
この願いは「基本的」で純粋な愛だ。
衝突や障害もあるけれど、ふたりがお互いを思いやる日々に胸が詰まって、たまらなくなる。
私は江國香織さんの、この「きらきらひかる」という作品を心から愛している。
一言一句からだに染み込むほど読んだから、いつ目の光を失っても構わないとすら思う程に愛している。
いややっぱり江國さんの新作は楽しみだし今までの物語も何度も読みたい。もっと読みたい。目が見えなくなっても構わないなんて嘘だ。
私も、嘘をつくことをなんとも思っていない。
笑子と同じくらいに。
- 『眠れない夜にみる夢は』深沢仁 (2025年3月6日更新)
- 『円卓』西加奈子 (2025年2月6日更新)
- 『彗星交叉点』穂村弘 (2025年1月2日更新)
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- 福岡金文堂志摩店 伊賀理江子
- 福岡県糸島市在住。2020年福岡金文堂志摩店入社。2022年頃から文芸文庫担当。夫がひとり娘がひとりの3人家族。江國香織が好き。大好き。ミステリやコワいものグロいものも大好物。整体ですべての筋肉が眠っていると言われたことがある。だからかよくつまづく。いろんな意味で。