『私はスカーレット』林真理子

●今回の書評担当者●明屋書店空港通店 久保田光沙

 スカーレットは獣だ。私が一度、獣になったことがあるから断言できる。

 私が獣になったのは、一人目を出産した後だった。初めての子育てで寝られず、ゆっくり食べられず、トイレすら自由に行けない日々を経て、私の欲は爆発した。

 夫に子供を丸投げして好きなだけ寝たり、子育てにかこつけて家事を疎かにしたりと、わがまま放題になった。だが、夫の冷たい態度や、思い通りにいかない子供にずっとイライラしているし、あんなに好きだった本や映画、音楽がなぜか楽しめなくなり、私は全く満足しなかった。

 その時、私は気づいた。私は人間ではなくなっていると。動物ですら生き延びるために家族で支えあうのに、私はもう動物でもなく、獣だと思った。そして私は人間のように愛されたいし、文化も楽しみたいと思った。

 私は人間へ戻る努力をし、その甲斐あってか、二人目も出産できたし、文化も楽しめるようになった。

 獣経験者の私は、スカーレットに共感する部分が多々ある。例えば、自分が生んだ子供だが、自由を邪魔する存在だからかわいいと思えないことや、自分がしたいことはたとえ周りを傷つけてもやり切ってしまうことなど、スカーレットは終始わがまま放題だ。

 だがなぜ彼女が世界中から今も愛されているのか。それは、彼女が人間の部分を捨てきれていないからだろう。夫の妹、メアリーの出産を経験もないのに行ったこと、故郷のタラで飢え死に間近の家族や奴隷たちを食わせるために、殺人でも何でもやったことなど、切り捨てることもできる人達なのに、切り捨てずに文句ばかり言いながら結局は助ける。その情の深さと強さに人々は魅了されるのだ。

 また、スカーレットは、何度結婚してもアシュレイという文化人を愛し続ける。それは私が獣だった時に、文化を楽しみたいと思ったことと少し似ている気がした。何のために金を稼ぐのか、幸せとは何か、スカーレットは最後にその答えを見つけて、また獣のように幸せをつかみに行くのだが、その姿が本当に強くてかっこいいと思った。

 そんな情が深くて強くかっこいい人、現代にいたかなぁと考えたとき、思いついたのはレディガガと林真理子だった。二人とも二足以上の草鞋を履き、どの草鞋も大成功している。レディガガは借金して寄付ばかりしているし、林真理子は問題山積みの日大理事長に買って出た。名誉あることだとは思うが、私はこれはもう慈善活動に近いと思っている。

 最後に、私は断然バトラー派だ。この本には様々な男が出てくるが、冷血で大金持ちで危険な男、バトラーが最高にかっこいい。林真理子先生には、バトラーが何をして大儲けしたか、どんな女たちを愛したかというバトラー視点の『俺はバトラー』を書いてほしいと思った。

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明屋書店空港通店 久保田光沙
明屋書店空港通店 久保田光沙
愛媛生まれ。2011年明屋書店に入社。店舗や本部の商品課などを経て、結婚し、二回出産。現在、八歳と二歳の子を持つ母でもあり、妻でもあり、文芸担当の書店員でもある。作家は中村文則、小説は「青の炎」(貴志祐介)が一番好き。昨年のマイベスト本は「リバー」(奥田英朗)。