『非在の街』ペン・シェパード
●今回の書評担当者●ジュンク堂書店難波店 中川皐貴
ニューヨーク公共図書館に勤め、高名な地図学者でもある父が亡くなった。父が娘に遺したのは、ガソリンスタンドに置いてあるような安物の道路地図。しかしその地図は、あらゆる所蔵機関から失われていた......。
父の亡くなった翌日には、この地図を狙ったと思われる強盗が図書館を襲う。
なぜ地図は他の所蔵機関から失われているのか?その価値はどこにあるのか?地図を狙う者は何者なのか?また、なぜ父は娘にこの地図を遺したのか?
ある事件をきっかけにその職を離れていたものの、父と同じく地図学者であった娘は、この地図の持つ秘密に迫っていく。
そんなあらすじで始まる物語は、「創元海外SF叢書」と銘打ちつつ、大筋はこの地図にまつわるミステリーとして話が進んでいく。
さて、今これを読んでくださっているあなたは、地図にワクワクしたり、心動かされたりしたことはあるでしょうか。私は、小学生の頃は地図帳の巻末に載っている世界地図を目を輝かせながら眺めていたり、住んでいる町をGoogleストリートビューで見て「自宅が映っている!」と喜んだりしていました。中学校を卒業すると同時に引っ越したその町でしたが、これを書いている今改めて見ても住んでいた頃のストリートビューがまだ残っていて、嬉しいような懐かしいような気持ちになりました。
そして、なんといったって地図でときめくのは、ファンタジー小説に出てくる世界観まで盛り込まれた地図や、ミステリー小説に出てくる館の見取り図、載っているところには全部行けるオープンワールドゲームの地図といった架空の地図を眺めているときではないでしょうか。
『非在の街』では、Googleストリートビュー以上と言っていいシステムを開発している〈ヘイバーソン・グローバル〉という企業が登場したり、ある学生たちが《ゲド戦記》シリーズや《ナルニア国物語》シリーズといったファンタジー小説に出てくる架空の地図と、現実の地図とを混ぜ合わせた『夢見る者の地図帳』という地図帳をつくるプロジェクトを立ち上げたりする。この小説には、地図の持つ魔法みたいな魅力がふんだんに詰め込まれている。
小説の謝辞によると、物語で登場する道路地図をつくった〈ゼネラル地図製作〉は実在した会社だとある。物語の重要なカギにもなる地図にまつわるある話も、作中のようなファンタジー要素はないものの、実際に近いことが起こっているそうだ(これ実話なの!?という衝撃はぜひ読んで味わってほしい)。この謝辞を読んでもまだ信じられなかった私は、Googleで調べ、Wikipediaのページが存在するのを見て、ようやく実話なんだと信じることができた。
そんな嘘みたいな逸話を持つ、地図にまつわるミステリー、いかがでしょうか。
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- ジュンク堂書店難波店 中川皐貴
- 滋賀県生まれ。2019年に丸善ジュンク堂書店に入社。文芸文庫担当。コミックから小説、エッセイにノンフィクションまで関心の赴くまま、浅く広く読みます。最近の嬉しかったことは『成瀬は天下を取りにいく』の成瀬と母校(中学校)が同じだったこと。書名と著者名はすぐ覚えられるのに、人の顔と名前がすぐには覚えられないのが悩みです。