『now loading』阿部大樹
●今回の書評担当者●駿河屋梅田茶屋町店 中川皐貴
兄夫婦に子どもが生まれた。とてもめでたい。ただ、これで私は名実ともに「おじさん」になってしまった。
実際に「おじさん」と呼ばれたら絶対にうろたえるだろうなと思いつつ、その時がきても余裕を持って対応ができるくらいに心の準備をしておきたい。そして、あわよくば甥っ子に「よく知らんけど良いおじさん」と思われたい、好感度を上げておきたい、というよこしまな自意識が働いたので、子どもに関する本や、育児に関する本を読み、規範的な「おじさん」になろうと決意した。
とはいえ、さすがに親でもないのにいきなり育児本を読むのは気合が入りすぎでは?と思ったので、育児日記の本を読むことにした。
著者である阿部大樹さんは精神科医で、翻訳家でもある。本書の帯文に「はじめて言葉を話した日から はじめて嘘をついた日までの記録」とある通り、著者のお子さんが初めて言葉を発した1歳3か月頃から、はじめて嘘をつく2歳1か月頃までの育児日記である。
子どもが日々、言葉や仕草を学んでいく過程は、可愛らしくもあり、また興味深くもある。
いただきますをすればもっともらえると思って、食事中に何度も手を合わせたり、しゃべれないのをいいことに、「このバナナに・そのヨーグルトをのせて・食べさせてくれ」と指であれこれ指図してきたりするそうで、文章だけなのに情景が容易に想像でき、もう可愛い。
"食べ物を前にすると急に偉そうにするのも良い。異国の王様みたいだ。"と日記に書かれていて、子どもを"異国の王様"と表現するのはとても良いなと思う。異国の王様がなさることなのだから、大抵のことは「まあ、仕方がないか......」と許せそうな気がしてくる。
子どもは、まず名詞を覚え、次に形容詞や動詞、最後に助詞を覚えていくものらしい。また、実体の有るものの方が反復して教わることになるので早く習得していくそう。たくさんの犬種が載っている図鑑をみせて、「これは? これは?」と順番に指さしていくと、最初は全部「わんわん!」と答えていたのが、そのうち(おそらく「見た目が違うなら名前もちがうのか......?」と思い始めて)「わんぱう」「わるわる」「わんにゃんにゃん」「わっぷっぷ」とかと適当にバリエーションを付け始めるのも、可愛らしくも学んでいることを感じられて良いエピソードだなと思う。
まっさらな一人の人間が、新しく事物を学んでいく過程に立ち会えるというのは、かなり面白い経験ではないだろうか。
子どもは、親や周囲の人々から教えてもらい、初めて世界の輪郭をつかんでいく。当たり前すぎることですが、改めて育児というのは貴い営みだなと思う。
そういった人が、陽だまりみたいにあたたかな家庭を築き、仲睦まじく暮らしていけるような世の中であって欲しいと思う。
あと、子どもが初めて話した日や立った日、最後に抱っこをした日や可愛い言い間違いが直った日を振り返れるように、日記を書いてみるのは楽しいかもしれない、と本書を読んで感じた。過去を振り返ることができるものは多いほど良い。
私が子どもの頃、熱を出すとヴェポラップを塗ってもらっていたのですが、未だに似た香りを嗅ぐと、幼少期の頃を思い出す。そんな風に、未来にも繋がるものはたくさんあるといい。
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- 駿河屋梅田茶屋町店 中川皐貴
- 滋賀県生まれ。2019年に丸善ジュンク堂書店に入社。文芸文庫担当。コミックから小説、エッセイにノンフィクションまで関心の赴くまま、浅く広く読みます。最近の嬉しかったことは『成瀬は天下を取りにいく』の成瀬と母校(中学校)が同じだったこと。書名と著者名はすぐ覚えられるのに、人の顔と名前がすぐには覚えられないのが悩みです。