『新版 就職しないで生きるには』レイモンド・マンゴー
●今回の書評担当者●往来堂書店 高橋豪太
たのしいことはカネにならない。それはつまり、カネを手に入れるためにはたのしくないことをしなければならないということ。そう思って生きてきた。ほんとうは、急かされることなくゆっくり目覚め、コーヒーを啜りながらニュースを見て、昼過ぎぐらいからビールを飲んじゃったりして、午後は本を読みながらまったり過ごし、日が暮れれば友人を招いて酒と料理を振る舞いつつ、ギターをかき鳴らしてみんなで歌ったりしたい。しかしこんな気ままに生きることのできる日常を手に入れたいならば、膨大な時間と労力を切り売りしてカネを稼がなければならず、そんなことをしていたら人生なんてあっという間に終わる。「好きなことで生きていく」なんて嘘っぱちだ。ああ、なんと虚しい空想か──。
かといって、まったく働かないというわけにもいかない。まともな生活を送るためには手を動かさないといけない。働かざる者食うべからず、という戯言は本質を欠いたまま膾炙してしまっている。倦むことなく怠惰に浸り続けたいという願望は、到底許容されないのが現代社会である。「なぜ働いていると本が読めなくなるのか©︎三宅香帆」と嘆きつつ、そもそも「はたらかないでたらふく食べたい©︎栗原康」のが本心なのだけれど。
そんなだから、本書のタイトルをはじめて目にしたときには強く惹かれるものを感じた。しかし当時すでに品切れとなっていて、住んでいる自治体の図書館にも所蔵がなかったので、すぐ手に取ることができなかったのだ。いずれどこかで出会えたらなあ......と思っていたところ、今年の五月にまさかの新版刊行。やったぜ!
『就職しないで生きるには』は七十年代のアメリカで見聞きしたスモールビジネスのさまざまなありようが描かれた一冊だ。著者のレイモンド・マンゴー自身もシアトルで小さな本屋を営んでいる。彼らに共通するのは、小さな規模からビジネスを始めていること、そして「自由であること」を何よりも重視していることだ。自分を縛りつけるものを極力減らし、仲間たちを大切にする。それはときに、法律や制度よりも重要なものとして扱われる。ここが本書の肝と言っていいだろう。「最大限の自由を守りながら生き続けたがっている」(p.69)最低限ではなく、最大限。
なぜ働くのか。カネを稼ぐため。なぜカネを稼ぐのか。衣食住を賄い、健康で安全な生活を送るため。そう、よりよく生きるために、私たちは働くのである。しかし生活のために働いている時間もまた生活の一部であることを忘れかけてはいないだろうか。生活のために、生活を犠牲にしている。考えてみればおかしな話だ。だから彼らは、犠牲にされないような仕事を自ら作った。ビジネスに心を削られるのではなく、ビジネスを生活に迎え入れるのだ。生きる目的は、より良く生きることそのものなのだから。
本書で紹介されるビジネスの多くは、再現性なんてなんのその、現代ではまったく参考にならないと言っていいだろう。しかしほんとうの意味での「好きなことで生きていく」に繋がる道、その存在をたしかに示してくれる。私たちはなぜ働くのか、なぜお金が必要なのか。暗闇に放り出されたときに、ぜひ手に取ってほしい一冊である。
« 前のページ | 次のページ »
- 『頭がわるくて悪くて悪い』献鹿狸太朗 (2025年8月14日更新)
- 『帰れない探偵』柴崎友香 (2025年7月10日更新)
- 『逃げろ逃げろ逃げろ!』チェスター・ハイムズ (2025年6月12日更新)
-
- 往来堂書店 高橋豪太
- 眉のつながった警官がハチャメチャやるマンガの街で育ちました。流れるままにぼんやりと生きていたら、気づけば書店員に。チェーン書店を経て2018年より往来堂書店勤務、文芸・文庫・海外文学・食カルチャー棚担当。本はだいすきだが、それよりビールの方が優先されることがままある。いや、ビールじゃなくてもなんでものみます。酔っ払うと人生の話をしがちなので、そういう本をもっと読んでいくらかましになりたいです。