『増補改定版 スマホ時代の哲学』谷川嘉浩

●今回の書評担当者●TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね

  • スマホ時代の哲学 なぜ不安や退屈をスマホで埋めてしまうのか 【増補改訂版】 (ディスカヴァー携書)
  • 『スマホ時代の哲学 なぜ不安や退屈をスマホで埋めてしまうのか 【増補改訂版】 (ディスカヴァー携書)』
    谷川嘉浩
    ディスカヴァー・トゥエンティワン
    1,540円(税込)
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 やらなきゃいけないことも読まなきゃいけない本も山積みなのに、うっかりスマホを覗き込んで、気づいたら数時間溶けてた...。ここ最近のわたし。これではいけないとスクリーンタイムを設定してみたり、to doリストを作ってみたりするものの、こうしている間にも推しの供給があるかも?みんなの話についていけなくなるのでは?とついついロック画面を開いてしまい、また無限のループ。
 たかだか10年前にはまったく必要なかったものが、どうしてこんなにもわたしの生活の中心に居座ってしまったのだろう。そう言えば読書量も減ってきた気がするし、集中力も落ちてきているような...。

 もっと人間らしく生きるためには、いまからでもデジタルデトックスに励むべきなんだろうか。
 と、思いきや話はそんなに簡単ではない。この本の中で紹介されている実験によれば、一ヶ月SNS断ちした人は、確かにその間は幸福度が上昇したものの、実験が終わると大半がまたすぐアカウントを復活させてしまったという。もはやスマホのない生活も、SNSのない生活も、現実的ではないのだ。だとしたら、スマホを使うことによって失っているものを、どうしたら取り戻せるのか。

 スマホのおかげで知りたいことがすぐに調べられて、世界中の最新の情報にも簡単にアクセスできて、いつどこにいても自分の好きなコンテンツを楽しめる。配信動画を見ながらリアルタイムでSNSに書き込んだりメッセージをやり取りしたり、マルチタスクも自由自在。便利なことばかりに思えるのに、なぜか罪悪感を感じるし、幸せにもなっていないのはどうして?
 便利になって浮いたはずの時間は、またすぐに新しい刺激で埋め尽くされ、山のような情報は、蓄積されることもなくまたすぐ別の情報に書き換えられる。わたしの体に流れる時間と、世界の速さがどんどんズレていって、まるでずっと乗り物酔いしているみたいだ。

 答えが分からなくて悩んだり迷ったりモヤモヤする時間も、何もすることがなくてぼうっとしたり退屈する時間も、そんなに嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。誰とも繋がらず、1人で早朝散歩するのは、ごちゃごちゃになった頭の中を整理するのにちょうどよかった。一筋縄じゃいかない本に手を出してみて、行きつ戻りつしながら頑張って読み切ったら達成感があった。誰かに見せるためでも、誰かに自慢するためでもなく、コントロールできない時間のおかげで、わたしの世界を見る目はたしかにアップデートされていた。
 スマホの中にはなんでもあるはずなのに、差し出されるのはわたし好みにお膳立てされたタイムラインと、不特定多数の人がいいねと思うコンテンツ。実は誰にも出会っていない。わたしの世界は、閉じたままで、更新されることはない。これって、実は一番退屈で、一番寂しいんじゃないか?

 スマホのない世界に戻ることはもうできないとしたら、自分で付き合い方を選ぶしかない。わたしはまだ、新しい世界を見たい。楽で気持ち良い世界に沈みこまないで、もう少し抵抗しようと思う。

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TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
TSUTAYAウイングタウン岡崎店 中嶋あかね
愛知県岡崎市在住。2013年より現在の書店で働き始める(3社目)。担当は多岐に渡り本人も把握不可能。翻訳物が好き。日本人作家なら村上春樹、奥泉光、小川哲、乗代雄介など。きのこ、虫、鳥、クラゲ好き。血液型占い、飛行機が苦手。最近の悩みは視力が甚だしく悪いことと眠りが浅すぎること。好きな言葉die with zero。