『見えるか保己一』蝉谷めぐみ

●今回の書評担当者●BOOK’NBOOTH 中村優子

  • 見えるか保己一
  • 『見えるか保己一』
    蝉谷 めぐ実
    KADOKAWA
    2,035円(税込)
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すでに山本周五郎賞を受賞してしまい、直木賞にまでノミネートされた作品を今さらここで紹介することに気が引けてしまうのだが、どうしても大きな声で言いたかった。

「この小説、最高だぜ!!」

塙保己一。随分昔にどこかで聞いたことのあるような名前だな、程度の記憶。新刊案内で書名を見たときも、「面白いかもしれないから、1冊だけ仕入れてみよう」という程度の興味。

新刊入荷したときにも、「あ、こんな本だったんだ。あとで買って読んでみよう」と思いながらしばらく忘れ、2週間ほど経ち棚を見て思い出したので購入した程度。

帰りの電車の中で読み始めた。

何ということだろう。私はこんなに面白い小説を、書名、装丁、あらすじまで読んでいたにもかかわらず、2週間も放置してしまったのだ。いつのまにこんなに嗅覚のきかない女、いや書店員に成り下がってしまったのか。

盲目の国文学者、塙保己一。日本最大の叢書「群書類従」を編むという偉業を成し遂げ、幕府からも認められた異能の学者。

よくある小説であれば、国文学者として大成した男の偉人伝、になりがちなのだが、蝉谷めぐみは違った。幼少期に失明してから最晩年に至るまでの保己一の希望と絶望に焦点をあて、その時々に傍らにいた者たちとの関りを、繊細に、優しくそして切なく描き、一人の人間としてどのように生きたのかを、これでもかというくらい詰め込んでくれた。

学問への道を願って逝った母きよとそれを守った父、盲人の団体当道座の雨冨検校、娘婿の金十郎、弟子の葉次郎など、それぞれが保己一とどのようにすれ違ったのか、わかりあえなかったのか、が克明に描かれているのだが、何度読み返してもどちらも悪くない。保己一が盲目であるが故にそうならざるを得なかったとしか言いようがないすれ違いに胸が締めつけられる。

実は私の父も30歳くらいから視覚障碍者となり、徐々に弱視が進み現在はほぼ全盲である。

その父がたまに言う言葉が「見える人にはわからない」。

30歳までは少し視力が悪いくらいでそれほど「見ること」不自由しなかった父が、このままだと数年で完全に見えなくなります、と医者に言われ、そこから根性と医療の発達のおかげで数年前までぎりぎり光をとらえていた視力が完全に失われたときの失望、悲しみ。

少しだけ見える、と全然見えないでは、生きることの不自由さが自分の想像以上に大きなものだったようだ。

その通りだ。父の不自由さは私にはわからない。

できることは寄り添うことだけだ。だが、父もわからないだろう。その父を取り巻く家族や友人の気持ちを。物心ともに気を配りながら、しかも気を配っていることを悟られないようにしながら接していることを。保己一は偉大な学者であり、知識も人徳も兼ね備えた大人物として時の将軍にまで謁見することのできる殿上人。保己一が凄ければ凄いほど、周囲の気遣いは張り裂けそうなくらい大きいに違いない。

すれ違いは必然であり、避けることはできない。お互いがすれ違いを受け入れるしかないのだ。

物語の最後、幼馴染の輝ちゃんにぶつけた保己一の言葉に一瞬体が震え、しばらくして安堵した。

そうだ、そうなのだ。保己一のいう通りだ。よかった、保己一もちゃんと生きている、私たちと同じ感情をもって生きている、と。

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BOOK’NBOOTH 中村優子
BOOK’NBOOTH 中村優子
大阪府八尾市在住。BOOK’NBOOTH を2025 年8月に大阪市阿倍野区にて開業。主に小説を扱い、町の本屋を目指すために雑誌や児童書、コミックや実用書も取りそろえている。どんな小説も大好きだけど、特に歴史ものには目がない。本業は社労士で、書店店舗は元書店員仲間2名が担ってくれている。休みの日は電車オタクの息子との冒険を楽しんでいるが、実は電車の中で本を読むことが最大の目的だと息子は知らない。