『花と頬』イトイ圭

●今回の書評担当者●本屋 亜笠不文律 アガサジューン

  • 花と頬
  • 『花と頬』
    イトイ圭
    白泉社
    1,210円(税込)
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《花と頬》は、作中で高い人気を誇る音楽ユニットの名だ。女子高校生の頬子は、《花と頬》のギターボーカルを父に持つ。父は自身が妻子持ちであることを公表しておらず、母は家にいない。頬子は音楽より文学をこよなく愛しながら、父とふたり、やわらかく暮らしている。そんな折、頬子のクラスに現れた転校生男子、八尋。八尋は頬子と同じ図書委員となり、共に活動を行う。そして八尋は、まだ数えるほどしか言葉を交わしていない段階で、頬子という名前から、頬子の父が《花と頬》である事実を見抜く。それほどに、彼は頬子の父の「すごいファン」のようで──。

あらすじをまとめてみたが、私は私の文章に、とても憤っている。何故なら、このマンガの面白さを、こんな説明的文面で到底表せやしないからだ。いま述べた冒頭部分、20ページの中にモノローグはひとつもない。キャラクターのセリフ、対話に潜む沈黙、所作、風景、空気感、生活音。説明を削ぎ落した静かな表現が、登場人物の機微を浮き彫りにして物語を進めていく。この技巧がとにかく凄まじい。

季節は夏。頬子と八尋は、主に図書室で会話を重ねる。私語に厳しい空間で、自然発生するのは筆談。机に向き合って座り、互いにルーズリーフへとペンを走らせる。紙の上に連なる、短い言葉の応酬。ミュージシャンは誰が好きとか、おすすめの曲はどれだとか。加えて表情の変化とか、ペンの持ち方がキレイだなとか。頬子は、八尋に教えてもらった音楽を探して聴いては想いを募らせる。八尋にもっと近付きたいと惹かれていく。

だから、頬子は自ら、八尋に父の話題を提供してしまう。「喜んでもらいたくて」、彼が大ファンである自分の父の、音楽やプライベートの話を挟み込む。そうすればするほどに、襲い来る虚しさ。八尋が楽しく話してくれるのは、私を好きだからではない。父が、父の音楽が好きだからだ。わかっている、わかっているのに、父を使ってしまう愚かな自分。父本人からも、「その子はグルーピーの一種だ」と釘を刺されてしまう。

全編通して、劇的なことは特に起こらない。そこにあるのは高校生同士の瑞々しい恋だ。頬子の部屋の壁に貼り巡らせた、幾枚もの筆談ルーズリーフたち。矢継ぎ早に八尋へと投げ掛ける言葉の間にさらりと混ぜ込む「彼女いるの?」。初めて八尋の家に行った日の、普段とは少しだけ、でも決定的に違う服装。わかりやすい描かれ方ではない部分に、頬子の感情が雄弁に揺れ動くのを見て取れる。単行本のオビに踊る、「この作品は令和の純文学」という宣伝文は実に正しい。淡々と進む情景と会話劇から、滲み出るキャラクターの生きざま。美しさが常にたゆたっている印象の画面作りは、漫画的表現の王道とは遠いところにいるし、単館映画的とも言える。

恋に翻弄される頬子の行動を介して、頬子と八尋の家族にも少しずつ変化が訪れる。クライマックスで描かれる吐露と夏の色は、木漏れ日のきらめきみたく胸を打つ。頬子と八尋が、互いの想いを探ってはすれ違うその先で、どんな言葉を交わすのか。どんな未来が待っているのか。一編の映画を観るように、この本を手に取ってほしい。たやすく青春と呼ぶには眩しすぎる、それでいてどこまでも人間臭い、ひと夏の物語。

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本屋 亜笠不文律 アガサジューン
本屋 亜笠不文律 アガサジューン
2025年、大阪市阿倍野区にて総合新刊書店を開業。喫茶席もあり古本も扱いイベントも行う。需要に応えつつ発見に満ちた品揃えを維持し、まちの本屋が持ち得る機能を多々備えた場所に。……ユーモア溢るる自己紹介を述べたいのに、クソ真面目宣伝と化している。書店チェーン雇用下で人生を全うするはずが、ミラクル大回転を経て経営者に。融資返済と業務過多に追い立てられるも、驚くほどに本が売れるさまは、全ての憂いをぶっ飛ばす効を持つ。書店減少、抗って参りましょう。