『悲しみの秘義』若松英輔
●今回の書評担当者●宮脇書店青森店 大竹真奈美
赤信号に加えて、青い矢印が点灯する。
それは、悲しみの前にいる感覚に似ている。
先には進めない赤に「こちらに進むならどうぞ」と、青い矢印は指し示す。でも、動き出すことができない。それはどの道も選べないのではなくて、どこにも道なんて見えないからだ。
悲しみに立ちつくすと身動きがとれない。
心は空っぽのようでいて、埋め尽くされているかのよう。
ただただ続く沈黙は、おしゃべり。
流れる時間は淀み、どこかから聴こえてくる音が、思い出を拾ってうずくまる。
いつだって悲しみを迎えることは逃れられない。
悲しみを目の当たりにして思うのだ。
たとえばどの笑顔も温もりも、結局今となってはこの悲しみを育んだだけなのではないか、と。
確かにそこにあった幸福こそが今、悲しみを掻き乱しているのではないかと感じるのだ。
「誰かを愛しむことは、いつも悲しみを育てることになる」
この本の帯に書かれていた言葉を胸の内でなぞる。想いが深いほど、訪れる悲しみは深くなる。
そこに言葉が救いの手を差し出す。
本作は多くの著名人の言葉を引用しながら、著者が言葉の光を紡ぎ出していく26編。
この本にどれほど救われただろうか。きっと何度も時間を重ねて読み連ねてゆくことだろう。生涯、心に寄り添う本に出会えたことを感謝せずにはいられない。
そして、寄り添いを近くする文庫化にあたり、装幀が兎にも角にも素晴らしいことに触れておきたい。
刺繍作家沖潤子さんの作品が、言葉を使うことなく語らうように並んでいる。
まるで、人と人との出会いや繋がりを表しているかのような作品だ。出合った糸と糸が、愛おしみながら紡いだ想い。たどった軌跡が描く色模様は、二つとないかけがえのないもの。織り成したものは、心の支えになるかもしれないし、悲しみのしるしになるのかもしれない。たとえ別れがあろうとも、それはもう自分の一部他ならない。そんな、形にできないけれど確かに在るもの。その刺繍は、ただ強く「切なるもの」を秘めて其処に在る。
本を読み終えると、カラフルなたくさんの数の付箋が本の天を彩っていた。まるで本に架かった虹のよう。
大切な人と繋げてくれる空を、いつも見上げてきた人は知っているだろう。いつだって虹が架かるのは、雨上がりに光が射した時だということを。
ネイティブアメリカンのことわざに、このようなものがある。
「もしも瞳に涙がなければ、 魂に虹はかからない」
そこには、かなしみを大切におもう姿が見受けられる。
かつて日本人は「悲し」も「愛し」も「美し」も「かなし」と読んだ。悲しみの中に宿っている、真の愛や美を見出していたのだろう。
「人生には悲しみを通じてしか開かない扉がある」
もし、悲しみに暮れている人がいるのなら、ぜひこの本のページを開いてみてほしい。きっと、暗闇が深いほど光を見いだし、言葉が胸の奥まで響くことだろう。
あなたのその扉の先に、希望の光が射しますように。
- 『かか』宇佐見りん (2019年12月19日更新)
- 『ライオンのおやつ』小川糸 (2019年11月21日更新)
- 『流浪の月』凪良ゆう (2019年10月17日更新)
-
- 宮脇書店青森店 大竹真奈美
- 1979年青森生まれ。絵本と猫にまみれ育ち、文系まっしぐらに。司書への夢叶わず、豆本講師や製作販売を経て、書店員に。現在は、学校図書ボランティアで読み聞かせ活動、図書整備等、図書館員もどきを体感しつつ、書店で働くという結果オーライな日々を送っている。本のある空間、本と人が出会える場所が好き。来世に持って行けそうなものを手探りで収集中。本の中は宝庫な気がして、時間を見つけてはページをひらく日々。そのまにまに、本と人との架け橋になれたら心嬉しい。