『愛についてのデッサン ~佐古啓介の旅~』野呂邦暢

●今回の書評担当者●文信堂書店長岡店 實山美穂

  • 愛についてのデッサン――佐古啓介の旅 (大人の本棚)
  • 『愛についてのデッサン――佐古啓介の旅 (大人の本棚)』
    野呂 邦暢
    みすず書房
    2,860円(税込)
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 野呂邦暢という芥川賞作家を知っていますか?

 1937年9月に長崎で生まれ、1945年、8歳で諫早市に疎開しました。同地で長崎への原爆投下を目の当たりにします。この時、同級生のほとんどが被爆して亡くなったそうです。家財一切も消失したため、戦後も諫早に住むことになります。高校卒業後、大学受験に失敗、アルバイト生活で職を転々とし、陸上自衛隊に約1年所属、諫早に戻り、家庭教師をしながら小説執筆をはじめました。

 自衛隊員としての体験をもとにした作品『草のつるぎ』で第70回芥川賞を受賞します。小説・随筆を数多く残しましたが、1980年5月7日、42歳で心筋梗塞のため急死。

 最初の『愛についてのデッサン ~佐古啓介の旅~』は、「野生時代」で1978年に連載され、1979年7月角川書店から刊行されました。そして、新たに佐藤正午さんの書き下ろし解説をつけて、みすず書房より"大人の本棚"の1冊として、2006年6月に生まれ変わったものが、今回オススメする本です。

 あらすじ──出版社をやめて、家業の古本屋を継いだ青年・佐古啓介に舞い込む、本と人間模様が織りなす謎の物語。

 詩と本の謎だけではなく、謎多き女性たちの存在にも魅かれます。芥川賞作家の純文学だと堅苦しく考えなくても大丈夫です。言葉が美しく、詩のようにリズムのある文章は、さらりと読みやすく、ミステリー仕立てのストーリーは手に取りやすい作品です。連作短編集となっていて、物語が終わるページの余韻がすばらしいので、じっくり味わってください。

『愛についてのデッサン~佐古啓介の旅~』の中のセリフに、

"本を探すだけが古本屋の仕事じゃない。人間っていつも失った何かを探しながら生きているような気がする。"

 と、あります。

 この文章を読んだときに思い出したのが、野呂邦暢の随筆選"大人の本棚"シリーズ『夕暮の緑の光』です。

 こちらは、岡崎武志さんが編集した随筆選となっており、古本・古本屋に関する文章が集められています(現在品切れです)。その『夕暮の緑の光』の中、『一枚の写真から』という随筆で、著者は愛着のあるものを失い続けるのが、生きることであると書いています。

 著者は、故郷を失ったことで、アイデンティティの一部を喪失してしまったのでしょう。その失ったものを小説へと転化し、再確認し続けたのだと思います。それが野呂邦暢の生き方(=作家)であるということなのかもしれません。

 随筆もオススメなので、読んでみてください。前回のアゴタ・クリストフと同じように、小説とエッセーを読むことで、思い描ける景色があなたにも見えてきますか?

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文信堂書店長岡店 實山美穂
文信堂書店長岡店 實山美穂
長岡生まれの、長岡育ち。大学時代を仙台で過ごす。 主成分は、本・テレビ・猫で構成。おやつを与えて、風通しの良い場所で昼寝させるとよく育ちます。 読書が趣味であることを黙ったまま、2003年文信堂書店にもぐりこみ、2009年より、文芸書・ビジネス書担当に。 二階堂奥歯『八本脚の蝶』(ポプラ社)を布教活動中。