『ザ・ロイヤルファミリー』早見和真
●今回の書評担当者●ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
子どもが父親を越える、その時父親は何を思い、子どもは何を見つめるのだろう。
継承、希望を次の時代へと継承する。過去から未来へ、昨日から明日へ。
私たちは継承という厳しくて、包容力がある世界を本書で心に刻むだろう。
正直、競馬はレースとしての勝負を暇がある時、テレビで何年かに1回、観て楽しむという世界でしかなかった。
しかし、いつの間にかぐいぐい引き込まれ、自分は馬主、騎手、調教師とともに、有馬記念の勝負の場に立ち、一瞬の静けさに包まれた時間、そしていよいよ晴れの舞台、祈りにも似た思いを抱き、行け行けと美しい結晶、人と馬に向かって叫んでいた。
馬主のワンマン社長山王の秘書になり、家族の長い物語に巻き込まれることになる栗須が語る世界は、生易しいものではなく、自分の疲弊しているのも気づかないほどの目まぐるしくて、精神を費やす世界だった。
馬に魂を注ぐ人たち、馬主、騎手、調教師、生産馬の牧場の人の苦悩、喜びがじわじわと迫ってきた。
彼らにとって競走馬を育て、舞台に立たせ、悔いなき闘いをさせることは、自分の人生と重なり、生きるそのものだった。
この人の牧場で生産した馬は信用できる。馬ではなく人にかけるという山王。
その一方、人は裏切る。馬は俺を裏切らない。栗須に俺を裏切るなという孤独を滲ませる山王。
ワンマンで横柄な山王の見え隠れする心情が、あるときは心温かく、あるときは痛く突き刺さる。
家族が離れていき、そして事情ある関係の血を分けた子どもとのつながり、そして、一度途切れた糸が再びつながっていくその物語は、家族とは、血とはが否応なく迫ってきた。
そして、一方栗須は山王にあの時、父を助けられなかったという亡き父への思いを重ねていたのかもしれない。
競馬には光と影がある。
種馬になる牧馬は万に一つともいえる確率で、馬に明るい余生を送らせたいと思う。
しかし、すべての馬に責任が持てるのか。
血を引き継いだ馬、父の遺志を引き継ぎ、馬主になった子ども。子どもは父を越えようとし、夢は届いたのか。
馬に希望を賭けた有馬記念のレースが終わり、静けさただようターフを見つめる子どもの目には何が映っていたのだろう。
ラスト、子どもの思いを賭けたレース。そして、その馬に魂をかけた人々の結晶、その人馬一体の走るさま、臨場感が手に汗をにぎり、その家族の物語を見てきたものとして、涙なしでは見れなかった。
結果は本書を読んで確かめてほしい。
早見和真ならではの格別の終わり方だ。
いつの間にか、自分は栗須の目で、家族の物語に引き込まれていっていた。そして、自らの家族との軌跡が走馬灯のように駆け抜けていった。
- 『罪の轍』奥田英朗 (2019年11月14日更新)
- 『わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい』鴨居羊子 (2019年10月10日更新)
- 『掃除婦のための手引書』ルシア・ベルリン (2019年9月12日更新)
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- ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
- 生まれも育ちも京都市。学生時代は日本史中世を勉強(鎌倉時代に特別な想いが)卒業と同時にジュンク堂書店に拾われる。京都店、京都BAL店を行き来し、現在滋賀草津店に勤務。心を落ちつかせる時には、詩仙堂、広隆寺の仏像を。あらゆるジャンルの本を読みます。推し本に対しては、しつこすぎるほど推していきます。塩田武士さん、早瀬耕さんの小説が好き。