【今週はこれを読め! SF編】〈血の伯爵夫人〉伝説をめぐるモダンホラー〜ジョン・ブラックバーン『痛苦の聖母』

文=牧眞司

  • 痛苦の聖母 (怪奇の本棚)
  • 『痛苦の聖母 (怪奇の本棚)』
    ジョン・ブラックバーン
    国書刊行会
    3,740円(税込)
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 ジョン・ブラックバーンは、当欄のようなジャンル小説の書評枠では少々扱いにくい小説家だ。基本的には手練れのスリラー作家だが、作品によっては現実離れした(空想科学的もしくは怪奇幻想的な)アイデアが重要な役割をはたしているものもある。しかし、その要素が実際にSFと言えるか、あるいは見せかけであって現実的に種明かしがあるのか、読み終えるまでわからない場合が多々あるのだ。つまり、「この作品はSF」と言ったとたんにネタバレになる。

 同様のことが、ミステリ書評の枠でも、ホラー書評の枠でも起こりうる。ミステリの本道である謎解きのように展開しながら、急展開でファンタスティックな結末に至る場合。物語を駆動させている恐怖や戦慄が、超自然由来のものか、それとも心理的なものか、宙吊りの場合。まあ、どちらにころんでも広義のミステリ、広義のホラーであるのは間違いなく、プロの書評家はいろいろな技術や工夫でネタバレを避けつつ作品の読みどころを伝えるわけだが。

 ブラックバーンはイギリスの作家で、1958年に第一作『刈りたての干草の香り』(邦訳は論創社)を上梓。以降、コンスタントに80年代半ばまで作品を発表しつづけた。本書『痛苦の聖母』は74年の作品だ。SF的なアイデア、ミステリの謎解き、ホラーの戦慄、そのすべてが詰まっている。このうちSF的なところは、終盤で畳みこむように披露される。「こんなものはSFじゃない」とリゴリスティックな物言いをつける読者もあるかもしれないが、スティーヴン・キング作品がSFかどうか議論してもしかたないように、ブラックバーンもどこ吹く風だろう。

 物語は、新聞記者ハリー・クレイが不慣れな演劇評を任された結果、たいへんな失敗を犯すところからはじまる。左遷ギリギリの立場を切りぬけるためには、どうしてもスクープをものにしなければならない。大きなネタを掴むべく、怪しい情報が飛び交うパブへ行き、プロ強盗三人組の噂----彼らは"おぞましい"何かに遭遇したらしい----を耳にする。ハリーはこの糸口から事態に深入りしていき、強盗たちの末路に立ちあう。ひとりは告解後に自殺、ひとりは心臓発作で死亡、ひとりは錯乱状態で病院に収容中だ。

 まだ生きている最後のひとりの担当医であるミリアム・スタンフォードは、行きがかり上、ハリーの真相究明につきあうはめになる。どうやら強盗たちは「自分にとって最悪の恐怖」に襲われたらしい。しかし、その恐怖の対象は他人には見えないのだ。

 ハリーとミリアムの調査の先に浮かびあがってきたのは、サイコパスの医師ポール・トレントンだ。このトレントンはいま、大女優にして傲岸不遜で知られるスーザン・ヴァランスに接近している。じつは、ハリーが演劇評でしくじったのは、このミス・ヴァランスの前の舞台だった。なんという巡りあわせ。ほかにもいくつかの因縁が、ミス・ヴァランス、トレントン医師、ハリー、ミリアムを結びつけているのだ。

 ミス・ヴァランスは数日後、新作劇『痛苦の聖母』の舞台にあがる予定だ。この劇は彼女が切望した企画であり、17世紀ハンガリーで「血の伯爵夫人」として世間を震撼させたエリザベート・バートリの人生を、肯定的に描く内容だという。

 エリザベート・バートリ。青髭公と肩を並べる、史上最悪の連続殺人者である。多くの若い女性を惨殺し、その血で湯浴みしたとも伝えられ、吸血鬼伝説のモデルにもなった。

 強盗たちの精神錯乱をめぐるスリラーのなかに、古い伝説にまつわる超自然的恐怖がまじり、だんだんと色調を濃くしていく。ブラックバーンは映像的な描写に優れ、ビンテージ・ホラー映画を思われるショッキングな演出も随所に凝らされている。ハリーが最大の敵と対峙するクライマックスから、「最悪の恐怖」があらわれる結末まで息つく間もない。

(牧眞司)

  • 刈りたての干草の香り (論創海外ミステリ 74)
  • 『刈りたての干草の香り (論創海外ミステリ 74)』
    ジョン ブラックバーン,Blackburn,John,義明, 霜島
    論創社
    2,310円(税込)
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