【今週はこれを読め! エンタメ編】ヤバい扉がパカーンと開く!〜岸本佐知子『あれは何だったんだろう』
文=高頭佐和子
各出版社が発行しているPR誌を、楽しみにしているお客さまは多い。売り場の片隅の宣伝物コーナーに置いておくと、どれもすぐになくなってしまう。以前は私が働くフロアに陳列場所があった。入荷すると地下にある検品所から売り場に持っていくのだが、「ちくま」が来た時の嬉しさは格別だった。いつもなかなかこないエレベータを待つ間に、岸本佐知子氏の連載ページを開く。読みながら身をよじって笑う。他のスタッフにも読むようにいう。一緒に笑う。エレベータ、もう来なくていいよと思ってしまう愉快な時間だった。PR誌コーナーは他の階に移動してしまい寂しく思っていたが、前作『ひみつのしつもん』(筑摩書房)から約6年、ついに単行本が‼︎ この時を待っていましたよ。
「イチジクが好きだ」「お世話になっている偉い方に手紙を書いた」「今年の干支はネズミだ」「日々ダラダラとネットをやっている」
どの章も、そんな日常的な一文から始まっている。「美味しいですよね」とか、「大変ですね」とか、「わかりますぅ」みたいな、無難な会話をずるずると続けられそうだ。だが、岸本氏の特異な脳内回路は、我々を全く別の方向に連れていく。イチジクは変態? 世の中を動かすシステムへの怒り? 架空生物の行列? スター・ウォーズ? ちょっとちょっと、どこ行くんだよーと、ヘラヘラ笑いながら話の尻尾を追いかけていくうちに、熱帯雨林に入って果物を摘むのが日課の13歳の少年について考えていたりだとか、ジンジャーエールでテロ行為をしようとしていたりとか、妙な呪文のようなものを唱えていたりとか、謎のタンパク質の味付けをどうするか悩むという、思いもよらない場所に着地している。いったい何がどうなっているのか。
岸本氏のエッセイは面白い。読み始めると笑いが止まらなくなるので、公共の場で読む人はあらかじめ腹の肉だけで笑う練習をしておく方がいいと思う。でも、ただ笑えるというだけではない。読んでいると時々、開けるとヤバい扉をパカーンと開けてしまったような気持ちになってくるのだ。
本当のことだかもうよくわからなくなった不思議な出来事、家の近くにあった奇妙な貼り紙のこと、気がつくとあまり役に立ちそうにない調べものにハマっていき、あっという間に日が暮れていた時のなんとも言えない気分。読み終わると、奥深くに仕舞い込んでなかったことにしているそういうものが、扉の中からポコポコと飛び出してくる。ちょっとヒヤっとするその感じが、私はとても好きだ。
(高頭佐和子)




