【今週はこれを読め! エンタメ編】夢と現実の境目が曖昧になる短編集〜三浦しをん『夜の恩寵』
文=高頭佐和子
「カリスマ」をテーマにした五編の短編が収められている。......といっても、SNSのフォロワーがめちゃめちゃ多い経営者とか、盲目的なファンに崇められているアーティストとかの人生がドラマティックに描かれているというわけではない。身近にいる抗いがたい力を持った存在に、魅入られてしまう人々の物語である。読み進めるほどに夢と現実の境目が曖昧になる。小説の世界と、読んでいる自分がいる場所の関係も揺らいでいく。
一話目の主人公・輝久は「お母さんがおかしいんだ」という父からの電話を受け、三年ぶりに帰省した。輝久が幼い頃に父と再婚した母親・喜久美とは、十歳ほどしか年が離れていない。四十近い年齢のはずだが少女のように若々しく、どこも悪くなさそうだ。だが、家の中には何十本もの杖がぶら下がっている。これはいったいなんなのか。
父によると、母親には「ヌチガミさま」が憑くようになり、近所の人々の体の不調を治したり、失くしたものの場所を言い当てたりしているのだという。喜久美には美しさと妙な演技力があり、輝久も子どもの頃は夢中になった。街の人々もそういう力に呑まれてしまっているだけではないか。そう思った輝久だが......。
二話目の主人公・未千の家系には予知夢を見る者が時々生まれるらしい。大好きだった祖母はしょっちゅう夢の話をしてくれたのだが、かつては高い能力があるとされていたことを、未千は葬式の時に知った。夢をまったく見ない体質だった未千だが、ある時から祖母のように予知夢めいたものを見るようになる。
結婚した夫との間に子どもを作ることは難しいことが検査でわかっていた。だが、未千は夢の中で妊娠していた。夜毎見る夢の中で、子どもは順調に育っていく。夢のことを人に話せば取り込まれてしまうと祖母の妹に言われ、自分の能力を誰にも告げないまま生きてきた未千だが、夢の中で出産するのだということを、夫に打ち明けることに決める。
思い込み?妄想?それとも、理屈では説明できない不思議な力? さまざまな方向に揺れながら、物語の世界に引き込まれていく。二話目とは視点を変えて書かれた三話目に翻弄され、明るい印象の四話目の中にある奇妙な影に心がざわざわする。そして、最終話の主人公は再び輝久に戻る。一話目の後半にあったやけに印象的な一文。その向こう側に、別の景色が見えてくる。散りばめられた企みの美しさと禍々しさをもう一度味わいたくなって、第一話に戻った。
小説ってすごい。そんなシンプルな言葉でしか表現できない。自分の語彙力が、心底悔しい。
(高頭佐和子)

