【今週はこれを読め! エンタメ編】滑稽さと寂しさと解放感〜岡崎祥久『キャッシュとディッシュ』
文=高頭佐和子
しばらく会っていなかった知人に、再会したような気持ちだ。なんというか、いろんな意味で。
岡崎祥久氏が『秒速10センチの越冬』で群像新人賞を受賞したのは1997年だ。主人公が書籍の取次センターで働いていることもあり、本の周辺で働く人の間では結構話題になった。書店員になって間もない私にとっても印象深く、その後に刊行された『首鳴り姫』(講談社)という地味な恋愛小説も好きで、新刊が楽しみな作家のひとりだった。しばらく単行本は出ていなかったが、2020年に雑誌に掲載された表題作と、デビュー作をまとめたこの1冊が刊行された。すごく嬉しい。
『キャッシュとディッシュ』の主人公「俺」は、ちいさな製麺工場で働いており、もうすぐ五十歳になる。「貯金はまだなくて」というのだが、その年齢で「まだ」って言われてもねえ。いつからするつもりなのかと問いたい。なんだかめんどくさいキャラの「俺」のところに、7年ぶりに弟が訪ねてくる。失踪していた叔父さんが亡くなったことを告げに来たのだ。叔父さんには遺産らしきものはなく、部屋には皿がたった一枚残されていただけ。諸手続きにかかった費用はアパートの敷金で支払ったが、不足金額を負担してほしいのだという。費用は一四五六円。皿を引き取るか、費用を負担するか選んで欲しいといわれ、「俺」が選んだのは皿だ。
ひょんなことから、皿には驚くべき力があることがわかる。皿の上に購入したものを置いて水をかけると、代金が夜中にそっくり戻ってくるのだ。使い古した不用品であっても一部分だけであっても、自分で買ったものなら全額が戻ってくる。なんと素晴らしい皿! これさえあれば、めっちゃ生活が潤うではないか! 主人公もそう思って安堵し、さまざまな実験を楽しむのだが......。
「俺はよく本心をかくすし、無知無関心をよそおったり、自分のきもちと正反対のことや、無関係なことを選択したりします」
周囲の人と深く関わることを「俺」は避けている。自分のことを心配してくれていると思われる弟に対しても温かみのある言葉をかけることもできず、現在の職業すら教えようとしない。次々に部屋の中のものを皿の上に乗せていく「俺」には、残しておかなければならないものや大切に持っておきたいものはないのか。苛立ちつつも目が離せないのは、彼と私はどこか似ているからなのだろう。滑稽さと寂しさと妙な解放感がラストで入り混じって、泣きたいような笑いたいような気持ちにさせられる。
30年ぶりに読む『秒速10センチの越冬』には、当時の印象とは別の思いも重なる。
「おれ」は勤めていた小さな広告代理店を突然に辞めるが、なかなか次の職が見つからない。交通違反の罰金を払わなくてはならなくなり「日払い・週払いOK」の書籍の取次センターで働き始める。ベルトコンベアーに煽られるように働く現場がリアルだ。
「俺」と「おれ」は別の人物だが、どちらにも他者と関わることや何かに期待してしまうことを、恐れているようなところがある。ふたりともそこで働き続けることから自分を解放するけれど、読後感はだいぶ違う。
「おれ」は今頃どうしているのだろう。30年の間に、何を失って何を見つけたのか。もしかして、魔法の皿を手に入れたのか。はぐらかされるだけだろうなと思うけれど、会って確認したい気がしてしまう。
(高頭佐和子)


