【今週はこれを読め! エンタメ編】懐かしく愛しい90年代の青春〜鈴木涼美『女の子未満』
文=高頭佐和子
鈴木涼美氏の書く文章が好きだ。子どもの頃の思い出を書いていても、母親の死に触れていても、大人の男たちを相手に汚れた下着を売ったことを書いていても、湿り気があまりなくてどこかさらっと乾いている。それでいて、読んでいると他人の思い出のはずなのに、時折どうしようもなく懐かしさや愛しさが込み上げてくるような時がある。
記憶がはっきりしないほど幼い頃から、20代前半までの日々が断片的に描かれたエッセイである。知的な職業に就く両親。鎌倉にある煉瓦作りの洋館。英国の小学校での仮装コンテスト。清く正しい学校の雰囲気への反発と、キラッと光るクラスメイトへの羨望。母親への複雑な思い。憧れずにいられないような恵まれた環境の中で育まれていく感受性と揺れる思春期の心が描かれる中に、下着を売る店に通ってお金を稼いだことや、AVの撮影現場などのエピソードが当たり前のように混ざる。
仲の良かった美しい友達親子のこと、「魔女先生」の絵画教室が好きだったこと、家の掃除をしにきてくれる岩のような女性の言葉、キャバクラの体験入店で出会った人の良さそうな紳士のこと、初めての撮影の日に出会った年若いADが優しかったこと......。それぞれの場所で親しくしていたり、すれ違うように関わった人々の思い出を印象的に描きつつ、女性であることに正面から向き合ってきた日々が描かれていく。
1983年生まれの著者より10年ほど前に生まれた私は、90年代から始まる女子高生ブームにちょっとだけ乗り遅れた(?)世代だ。かわいくもなくモテもしないのに、若い女であることや女子高生であるという理由で不愉快な目に合うことは頻繁にあった。見知らぬ大人たちが突然に向けてくる欲望を嫌悪したり恐れたり、怒りを覚えたりしつつ、大学時代のアルバイトといえば、容姿の良さやら色気やら愛嬌やらを求められることのなさそうなところばかりを選んでいた。
そういう大人たちの欲望を嘲笑うようにしてお金を稼ぎ、歓楽街の真ん中を歩く著者のような女の子たちのことは、危ないことするなあと呆れる一方で、嫌いではなかった。彼女たちの存在を不道徳だとか自分を大切にしろだとか偉そうにいう大人たちに、ちょっとした反発も感じていたのだ。私たちは、望んでも望まなくても欲望に晒されたり勝手に点数をつけられたりしているのに、脱いだ制服やら下着やらに自分が値段をつけて売ると責めるのって、なんかおかしいんじゃない? そんな思いがあったのだ。
自分とは真逆の青春を送ったはずの著者のエッセイがなぜだか懐かしいのは、同じような時代の別のサイドを、実は同じ方向に走っていたからなのかもしれない。そんなことを思いながら、変わってきた時代のことや、今を生きる女の子たちの状況のことを考えている。芥川賞候補になった小説『悪い血』(文藝春秋)と合わせて、ぜひ読んでほしい。
(高頭佐和子)


