【今週はこれを読め! エンタメ編】欠落感を抱えたふたりの出会い〜水野梓『Land's End この世の涯て』
文=高頭佐和子
「誰もが『何かが足りない』という欠落感を抱えている」
文中にあるこの言葉に、はっとした。多くの人がほしいと思うものを手に入れても、自分で道を切り開く強さや前向きな心を持っていても、「足りない」という思いを人は抱えて生きていくのだろうか。
この小説にはふたりの主人公がいる。ひとりは凪。十歳の息子の母で、銀行員だ。ロンドンへの赴任をきっかけに離婚したばかりである。恵まれているとは言い難い環境の中で努力を重ねてきた、聡明で自立した意志の強い女性。そんな印象の凪だが、何か問題が起きると自分を責めてしまうような繊細な内面を持っている。イギリスには、幼い頃に別れた父がいるはずだ。父を探したいという気持ちもあって転勤を受けたことを、新しい環境に馴染めずにいる息子に対し申し訳なく思っている。
もう一人は志音。三十二歳、ロンドン在住。危機管理を請け負うコンサルで働いている。パイプオルガン奏者の母は、親の反対を押し切ってロンドンに渡り志音を産んだ。父親の顔を見たことはなく、頻繁に恋人を変える母に振り回される少年時代を過ごした。不安定な日々を救ってくれたのは、5歳から習っているチェロと、教会に集うさまざまな人種の人々、そしてキャッチボールが得意なある男性だった。
そんな凪と志音が、友人に無理やり登録されたマッチングアプリで出会う。恋人としてではなく友達として助け合っていく中で、少しずつ心を寄せていく。この出会いはふたりの人生を大きく変え、それぞれが自分の内側にある欠落感に向き合うことになるのだが、「運命の人」に出会って幸福になるというような甘やかさからは遠い物語だ。保守的な日本の社会で、シングルマザーとして働く困難。異国の地で生きてきた人々の覚悟と苦労。さまざまな人種の人々が生きる場所の温かさと冷たさ、危険な紛争地帯に向かった志音に待ち受けていた苛烈な出来事......。ジャーナリストとしてロンドンに赴任し、戦地の取材も経験してきた著者だからこそ描けるリアルと、多様な生き方を選ぶ人々への冷静だが温かい視線が、この小説にはある。
足りない何かを探し続け、生きる意味を模索する登場人物たちひとりひとりに、伴走するような気持ちで読みながら、自分自身にとっての欠けた何かについて、考えずにはいられなくなる小説だ。
(高頭佐和子)

