【今週はこれを読め! エンタメ編】自身の内側にある恐怖〜白石一文『とめどなくちいさき人へ』

文=高頭佐和子

  • とめどなくちいさき人へ (単行本文芸フィクション)
  • 『とめどなくちいさき人へ (単行本文芸フィクション)』
    白石一文
    祥伝社
    2,640円(税込)
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 怖すぎる。

 読み進めるほどに、その気持ちが加速していった。タイトルを見て、直木賞受賞作である『ほかならぬ人へ』に連なるような恋愛小説を想像した方もいると思うが、それとは違う底知れない恐怖の漂う小説だ。その源は、ウィルスのように外部から侵入してくるものでも、他者からの攻撃や呪いなどでもなく、主人公自身の内側にある。

 久美は、大学を卒業して以来帝国経済連合という公益団体で働いている。東京郊外の新しい街にあるタワマンで、夫と小学生の息子、私立中学に通う娘と共に暮らしている。夫・功児は、東南アジアやアフリカの雑貨を輸入する会社を起こして自宅で働いており、経営は順調だ。実家の両親も元気で、経済的にゆとりのある暮らしをしている。

 キャリアも家庭も安定していて、何不自由のない暮らしをしているような印象を受けるが、問題を抱えてもいる。功児には意固地なところがあり、久美の両親とはある事情により十年前から交流を断っている。さらに、六年前に決定的な出来事があり、久美自身も夫に対して冷たい感情を抱くようになってしまったのだ。

 久美は、仕事先の建設会社に勤めている年下の男性・橋爪と親しくしている。といっても不倫ではなく、姉弟のような関係だ。若くしてこの世を去った弟を彼に重ねており、事故で亡くなった姉がいるという橋爪も久美に心を開いてくれているのだ。ある日久美は、中学時代の橋爪を苛烈ないじめで追い詰めたという男が経営する店に、偶然立ち寄る。店主は感じの良い男性だったが、橋爪の受けた痛みを思えば許されていいとは思えず、「復讐」という考えが頭をよぎる。その数日後、店主が巨大な動物に襲われたかのようなやり方で惨殺されたことを知る。

 身近なところで同じような出来事が繰り返され、破壊力を増していく。自分に原因があるのではないかと考え、罪悪感と恐れを抱いていた久美だが、次第にその心に変化が生じていく。自分の力を試したいという願望が生まれ、心の中にいる「恐竜」が、力を強めていく。

 嘘と誤解、家族を襲うトラブル、不可解な事件、積み重なっていく罪、思いもよらなかった身近な人の秘密と過去......。スピード感のある展開とともに、登場する人々の人物像と街の風景が詳細に描かれていき、現実にはありえない出来事にもリアリティが増していく。それまで見えていた光景が一変する衝撃のラストまで、一気に読んだ。

 ページをめくる手を止めさせないホラーテイストのエンタメ作品であり、著者が書き続けてきた人間の運命とは何かを読者に問いかける物語でもある。誰かを憎む心やこの世から消し去りたいという感情を、全く持たずに生きられる人は少ないのではないか。心の中にいる「恐竜」を、人知れず外に出せるとわかった時、私たちはどうするだろうか。

 世界中にあるさまざまな憎しみの連鎖と、自分自身の中にもいる「恐竜」について、考えずにはいられなくなる小説だ。

(高頭佐和子)

  • ほかならぬ人へ (祥伝社文庫)
  • 『ほかならぬ人へ (祥伝社文庫)』
    白石 一文
    祥伝社
    681円(税込)
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