【今週はこれを読め! エンタメ編】佐々木愛『胸なんて夢と希望でふくらみません』を推す!

文=高頭佐和子

  • 胸なんて夢と希望でふくらみません (双葉文庫 さ 53-01)
  • 『胸なんて夢と希望でふくらみません (双葉文庫 さ 53-01)』
    佐々木愛
    双葉社
    836円(税込)
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 佐々木愛氏を推したくてたまらない。

 先日『じゃないほうの歌いかた』(文藝春秋)で、第2回北上次郎「面白小説」大賞を受賞した期待の作家である。デビュー作『プルースト効果の実験と結果』(文春文庫)を読んだ時から「なんかいい!」と思ってきたが、新刊を読むたびにその気持ちが増していく。本作は、2023年に刊行された『ここにあるはずだったんだけど』(双葉社)の文庫化だ。胸をテーマにした4篇が収録されている。大きくても小さくても話題にされがちだし、いろんな意味で人の心を騒がせる部位だと思うけれど、胸の話がまさかこんな展開になるなんて......。

「EあるいはF」の主人公は、ファンとして熱心に応援してきた俳優の結婚相手が元グラビアアイドルだと知って動揺する。結婚することが問題なのではなく、相手女性の胸のサイズがEなのかFなのかということばかり考えてしまうのだ。そんなのどっちだっていいじゃん。そう言いたくなるが、主人公がそこにこだわるのにはある理由があった。

「トレンチコートの中にブラジャーをつけた男が出る」そんな噂を耳にした60代女性の苦悩が描かれているのが「ブラ氏の告白」だ。不審者情報、家事代行のパートで受けた奇妙な仕事、ある日見てしまった夫の秘密......。ブラにまつわる妙なエピソードから、最後には思いがけない読後感へと誘われる。

「胸は育たない」の主人公は、吹奏楽部に所属する高校生だ。主人公が好きな男子は、3年生の綾子先輩と交際していた。青春ドラマのヒロインみたいな綾子先輩の制服の下には「何もかもが完璧な胸」があることを、主人公は知っている。平たい胸の主人公の恋心とコンプレックスの切なさと滑稽さが絶妙で、ふと懐かしさが込み上げてくる。愛しく思わずにいられない一篇だ。

 最も読んでいただきたいのは「授乳室荒らしの夢」である。授乳室を目的外で利用したり、悪質な目的で入室したりする者がいるというニュースを見たことがあるが、そういう奴らの話なのか? 許せん! 全員逮捕されてしまえ......、と想像しただけで勝手に怒りたくなるが、「わたしこそがほんとうの授乳室荒らしです」という奇妙な告白シーンから始まるこの小説に、なぜだが心をつかまれてしまった。

 主人公のモナミ(のちの授乳室荒らし)には、幼い頃からどこにいても自分が場違いなところにいるような感覚があった。「人を幸せにすること」を夢見ていたが、そのためには場違いな自分の存在感をなくさなければと考え、卒業文集に「もっと足音が小さい人になりたい」と書いて変人扱いされるような子どもだった。高校を卒業すると故郷を離れて郵便局員になったが、仕事に慣れることはできず後輩にまでフォローされる日々だ。街に自分をなじませるために、出勤する時にはあちこちを歩き回りながら時間をかけていくことを儀式としている。意味わかるようなわからないようなこの朝の散歩(?)がきっかけとなり、定期的に郵便を出しにくる小説家志望の大学生と親しくなる。彼から、モナミに読んでほしいから書いたという小説を渡される。読んだモナミは「わたしにしか伝わらない言葉で書かれた、わたしだけのための物語」だと感じるのだが......。

 誰にも心を開けなかった孤独な少女が成長し、運命的な恋に落ちる。そんな甘酸っぱい展開から、事態は全く違う方向へと動いていく。静かに生きてきたモナミが、なぜ授乳室荒らしとなったのか。その理由は、ぜひご自身で確かめていただきたい。

 器用に生きられず、周囲に馴染むことができない主人公たちは、妙なことにこだわったり、奇妙な行動をしたりしてしまう。そうなってしまうのには、彼らなりの理由があるのだが、本人以外の人にそれはなかなか伝わらない。佐々木愛氏は、そのもどかしい思いを自身にしかできないやり方で丁寧に描いていく。多くの人が見なかったふりをするような出来事やすぐに忘れてしまう気持ちも、ひとつずつ拾い上げていく。気がつくと、本当はうまくやれないことばかりなのに、なんとかなっているふりをしている私に、不器用すぎる彼らが静かに寄り添ってくれているような気がしているのだ。

 佐々木愛氏の小説を必要としている人は、結構たくさんいるのではないかと思う。ひとりでも多くの読者に出会ってほしいという気持ちである。『じゃないほうの歌いかた』も、ぜひ合わせて読んでください。

(高頭佐和子)

  • じゃないほうの歌いかた
  • 『じゃないほうの歌いかた』
    佐々木 愛
    文藝春秋
    1,980円(税込)
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  • プルースト効果の実験と結果 (文春文庫 さ 76-1)
  • 『プルースト効果の実験と結果 (文春文庫 さ 76-1)』
    佐々木 愛
    文藝春秋
    737円(税込)
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