【今週はこれを読め! エンタメ編】あなたへの招待状〜髙倉良一『70歳の法学者が、なぜロマンス詐欺に騙されたのか』

文=高頭佐和子

  • 70歳の法学者が、なぜロマンス詐欺に騙されたのか
  • 『70歳の法学者が、なぜロマンス詐欺に騙されたのか』
    高倉 良一
    さくら舎
    1,760円(税込)
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 なぜこの本を手に取ったかというと、下世話な好奇心です。すみません。

 国立大学の名誉教授。しかも法学者! 知性とか理性とかに優れて、犯罪に対する知識も一般人と比較にならないほどたっぷりお持ちのはず。そんなお方がロマンス詐欺に引っかかるって......。925万円も盗られたって......。いったいどういうこと?

 とはいえ、その程度の好奇心で1760円を払おうという気にはなれない。私はどちらかというと猜疑心の強い人間のような気がしているが、そういう人こそ危ないのだとよくいうではないか。平気で嘘をつく人間がいることなら知っているし、詐欺事件のニュースを見るたびに、薄寒い気持ちになるのだ。プロローグにはこう書かれている。

「これは被害報告書でも、言い訳でもない。これはあなたへの招待状だ。」

その招待、受けてみることにした。

 著者が経験したことをざっくり説明するとこんな感じだ。定年を迎えた寂しさと清々しさをFacebookに書き込んだところ、愛子(アカウント名・Aiko)と名乗る女性からメッセージが届く。

 うさんくさい。最初は著者もそう思うのだが会話は弾み、LINEでのやり取りを提案された頃には、もう疑う気持ちが失せている。愛子は37歳で名古屋生まれ。幼い時に中国に渡り、今は深圳で会社を経営していて、日本に帰る準備をしているという。著者は、離婚歴があるひとり暮らしの名誉教授という自分の経歴も、当たり前のように伝える。「縁を信じますか?」のひとことが心に沁み、悲劇のヒロインのような物語を信じ、「兄さん」と呼ばれて運命の出会いだと思いこんでしまう。

 有名な経済学者である伯父の指導で投資をしていて、成功していると愛子はいう。資産管理を任せたい。自らそう申し出てしまう。投資は「私たちの間の秘密」という愛子の言葉に、著者は誰かに相談するという選択を奪われ、気がつくと嘘をついて友人に借金を申込んでいた。心配した弟からの忠告も、聞き入れることができなくなっていた。

 ひー恐ろしい......。でも、こういってはなんだけど、これって典型的な詐欺じゃん? 怪しさマックスじゃん? 会ったこともない加工写真の女と得体の知れない経済学者を、なんで信用しちゃうの? そんなふうに思わざるを得ないんだけれど、その時の気持ちを、著者はこう書いている。「誰かに必要とされたかったのかもしれない」「疑うことを仕事にしてきたはずの私が......考えることから逃げた」

 著者だって、何かがおかしいと何度も感じているのだ。だが、費やした時間と感情と金額の大きさにとらわれて、引き返せなくなってしまった。そんな経験と気持ちの変化が、詐欺師とやりとりしたメッセージとともに、この本には書かれている。

 弱い部分のない人間はいない。孤独、不安、承認欲求。そういう気持ちがあるのってあたりまえだし、悪いことなんかではないと思う。大切な人を思う温かい気持ちや、困っている人を助けたいという優しさも、詐欺師にとってはつけ入る隙だ。そういう心の柔らかい部分から少しずつ入り込んできて、人を支配する。そうされてしまったら、どんなに知識があっても引き返すのは困難なのだということを、著者の経験は教えてくれる。

 この本を執筆することを、著者は多くの人から反対されたという。それでも書こうと思ったのは、沈黙しないことで同じ悲劇を防ぎたいという思いや、詐欺師を生まない社会を構築したいという希望だそうだ。

 読めば絶対騙されなくなるということではない。詐欺を見破るための斬新なアイディアだとか、たった一つの方法とやらが書いてあるわけではない。でも、誰にでも弱い部分があるのだことを受け入れるきっかけになる。いざという時、この本の中の言葉が助けになってくれるような気がしている。

(高頭佐和子)

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