【今週はこれを読め! エンタメ編】犬と人の関係で近現代史に触れる〜逢坂冬馬『その犬をください』

文=高頭佐和子

  • その犬をください
  • 『その犬をください』
    逢坂 冬馬
    KADOKAWA
    2,145円(税込)
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 犬は愛しむべき存在だ。どんな犬にも、幸せであってほしい。

 今は当たり前のようにそう思っているけれど、幼い頃は犬が嫌いだった。住んでいた家の周辺にはよく吠えるのら犬がいて、臆病な子どもにとっては身近な恐怖対象の一つだったのだ。少し大きくなると親戚の家の愛犬と仲良くなり、うちにも気立てのよい犬がやってきた。人間を慕ってくれる犬たちを、心からかわいいと思うようになった。働く犬たちが登場するドキュメンタリーなどを見ると無条件に感動してしまう。

 そういう犬に対する気持ちを個人的なものとしてしか考えていなかったけれど、時代の変化そのものだったのかもしれない。犬と人の関係を通して近現代史に触れるこの小説を読みながら、そんなことを思った。

 明治から現在まで、四編の物語が収められている。第一話の舞台は明治時代。英国人の農学者・スミスは、東京の開成学校で教えるために、二匹の愛犬と共に日本にやってきた。意味もなく群れでうろうろし吠えかかってくる犬たちに、スミスは「未開」な日本社会を重ねる。頼りになるのは、武士階級の生まれで通訳としても付き添ってくれる若き学生・藤川だけだ。

 犬を「下賤な存在」としか捉えていなかった学生たちは、スミスが学校に連れてきた牧羊犬の高い能力に驚く。日本の犬にもしつけをすれば同じことができるのではないかと学生たちはいうが、スミスはこんなふうに思う。日本人は「犬に種類がありうること」も認識していない。日本の犬たちが人間社会に貢献することは、数世代超えても無理だろう。ある日、スミスの愛犬たちが行方不明になってしまう。

 現代社会を生きる私たちの立場から見ると不快な差別的発想と、柔軟な思考を合わせ持つスミス。純粋さと向学心を持つさわやかな青年から、自信に溢れたエリートへと変わっていく藤川。近代を象徴するようなふたりの人間と、異変を察知して吠える野犬たちの姿が鮮烈に心に残る。

 第二話では、忠犬ハチ公をめぐる騒動の裏側が描かれる。第三話では、戦時中に起きた「犬の供出運動」から愛犬を守ろうとする少年が主人公となる。(子どもの頃に読んだ椋鳩十氏の名作『マヤの一生』を思い出した。思い出すだけで心が苦しくなる小説だ。)最終話の舞台は現代だ。世界中で起きている戦争のことが頭から離れなくなり学校に行けなくなった少女と、引退した警察犬が登場する。

 すべて読み終わって思うのは、幼い私を怯えさせた犬は、どんな一生を過ごしたのだろうかということだ。気がつくとのら犬たちは姿を消していて、街中で見かけるのは飼い主と一緒に散歩するこぎれいな犬たちばかりになった。犬と人との関係は、これからどう変わっていくのだろうか。犬の幸福とは、誰が決めるものなのだろうか。犬好きにも、そうでない人にも、ぜひ手にとってほしい一冊である。

(高頭佐和子)

  • マヤの一生 (椋鳩十名作選)
  • 『マヤの一生 (椋鳩十名作選)』
    椋鳩十
    理論社
    1,980円(税込)
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