
作家の読書道 第229回:蛭田亜紗子さん
2008年に第7回「女による女のためのR‐18文学賞」大賞を受賞、10年に『自縄自縛の私』(受賞作「自縄自縛の二乗」を改題)を刊行してデビューした蛭田亜紗子さん。現代人の日常を描く一方で、『凜』では大正期、開拓時代の北海道を舞台に過酷な環境を生きる男女を描き、最新作『共謀小説家』では明治期に小説執筆にのめりこんだある夫婦の話を描くなど、幅広い作風で活躍中。では蛭田さんが親しんできた作品とは? リモートでたっぷりおうかがいしました。
その3「ファンタジーが好き」 (3/7)
――では、中学生になってからの読書生活は。
蛭田:当時はライトノベルという言葉はまだ一般的ではなかったんですが、スニーカー文庫や富士見ファンタジア文庫の日本のファンタジーはよく読んでいました。好きだったのは、水野良さんの『ロードス島戦記』のシリーズとか、田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』、冴木忍さんの『星の大地』とか。中学生って微妙な年頃なので、学校にも社会にも馴染めない感じがあって、せめて本の中で現実とは違う世界が読みたいと思ったのかもしれません。
路面電車に乗って塾に通っていたんですが、塾がある駅のひとつ前の駅のそばに小さい本屋さんがあったんです。それでいつも、ひとつ手前で降りて本屋さんで本を見てから、ひと駅分歩いて塾に行っていました。
――札幌育ちですよね。学校の体育の授業ではやはりスキーなどを習ったのですか。
蛭田:校庭に雪山を作って滑ったり、スキー場に行ってスキーの授業がありましたね。同じ北海道でも道東の雪が少ない地域はスキーではなくスケートなんです。でも私は身体を動かすことが苦手で。運動会でも走ると必ずビリでした。
――部活は何をされていたんですか。
蛭田:中学校では茶道部でした。お茶飲んでお菓子を食べるだけなのでいいなと思って(笑)。その部活の友達が、ファンタジー小説が好きで自分でも書いていて、読ませてもらっていたんです。私はその子のことがすごく好きで付きまとい過ぎて嫌われていたんですが(苦笑)、その子に近づきたくて自分でも30枚くらいのファンタジーを書いたんです。それがはじめて書いた小説でした。
――それはその子に読んでもらったのですか。
蛭田:いえ、読ませなかったし書いているとも言わなかったんですけれど、雑誌の「ザ・スニーカー」に短篇小説を募集しているコーナーがあったので応募しました。特に何の反応もなかったんですけれど。その頃にはもう、小説家になりたいと思っていました。
――中学生だと、授業で古典などの課題図書を読んだりはしませんでしたか。
蛭田:国語の授業で印象的だったのは、20代の女性の先生がいつも授業の前に自分の好きな詩を黒板に書いて解説してくれたことです。中原中也とか、萩原朔太郎とか草野心平とか。たとえば草野心平の「冬眠」という、「●」がひとつあるだけの詩について、冬眠しているカエルの寝床を示している、とか解説してくれて。すごく自由な世界があるんだなと思いましたね。