作家の読書道 第229回:蛭田亜紗子さん
2008年に第7回「女による女のためのR‐18文学賞」大賞を受賞、10年に『自縄自縛の私』(受賞作「自縄自縛の二乗」を改題)を刊行してデビューした蛭田亜紗子さん。現代人の日常を描く一方で、『凜』では大正期、開拓時代の北海道を舞台に過酷な環境を生きる男女を描き、最新作『共謀小説家』では明治期に小説執筆にのめりこんだある夫婦の話を描くなど、幅広い作風で活躍中。では蛭田さんが親しんできた作品とは? リモートでたっぷりおうかがいしました。
その7「最近の読書と自作について」 (7/7)
――最近では何が面白かったですか。
蛭田:今読んでいるのがリサ・タッデオの『三人の女たちの抗えない欲望』という海外のノンフィクションです。三人の女性たちに定期的に会って性遍歴について話を聞いていく、という内容で面白いです。
最近頻繁に買っているのは洋裁の本かもしれません。小説は読んで面白いと嫉妬して焦るし、つまらないと「なんでこれが売れているんだ」と腹が立ちますが(笑)、洋裁の本なら素直にわくわくするだけで気持ちが流されないので。
――資料を読むことも多いのでは。最新作の『共謀小説家』は小説家を志す17歳の冬子が大御所作家の女中になるも相手にされずにいたところ、弟子のひとりからある提案を受ける。実在した小栗風葉・加藤壽子という作家夫婦の存在がヒントになったそうですが、どこで知ったのですか。
蛭田:どうして知ったのかはあまりよく憶えていなくて。ネットで論文か何かに当たっていた時だったのかな。夫が小説を雑誌に発表し、翌月に妻がそのアンサーソング的な小説を発表した夫婦がいると知り、面白そうだなと思って調べていったんです。
当時の生活を知るために資料も読みましたが、主婦の日記が面白かったです。女中に足袋を送ったとか、引っ越し業者に何を送ったとか、病院や歯医者に連れていったとか、他愛のないことばかりなんですけれど生活の様子がすごくよく分かりましたね。
――尾崎紅葉をはじめ、実在の人物を彷彿される人や出来事がたくさん出てくるのも面白かったです。冬子が書く小説のあらすじも出てきますが、どれもあの時代にしては突き抜けてて、読んでみくなります。
蛭田:本人はそういう性格じゃないけれど、書くとなるとそういう内容になるタイプなんですよね。意図せずにむき出しになってしまうという。
――蛭田さんは小学生の頃に自分について書くのが嫌だったり、女性作家の作品を素直に読めない時期があったわけですが、今、ご自身が小説を発表することについてはどう感じていますか。
蛭田:今でも読まれることは恥ずかしいので、まだまだ覚悟が足りないなあと思っています。フィクションを書いているといってもやっぱり登場人物に"自分"が出てしまうのはしょうがないですよね。そこに無意識の偏見が出てしまったりしていないかは気になります。
――執筆は昼型ですか、夜型ですか。
蛭田:本当は夜書いたほうが筆が進む気がするんですが、朝しっかり起きる生活を送っているので日中に書いています。本は寝る前に読んでいる感じですね。
――それにしても、取り上げる題材も設定も幅広いですよね。
蛭田:バラバラですよね(笑)。その時書きたいものを書いているだけなんです。
――今とりかかっているのはどんな小説ですか。
蛭田:戦後からはじまって平成に至るまで、一人の女性と日本の戦後史を絡めた話です。日本が伸びていくなかで取りこぼされてしまった人の話を書きたくて。それとは別に、最近書いていなかった、現代を舞台にした軽いものを考えています。『エンディングドレス』で洋裁を扱ったように、自分の好きなものを絡めて書きたいな、と。
――好きなものってなんでしょう。Twitterを見ていると、パン作りをはじめとした料理をされたり走ったり、いろいろされていますよね。
蛭田:考えているのはスパイスの話です。カレー屋さんと、その隣のスパイスを使った焼き菓子屋さんの話を書けないかな、と考えているところです。
(了)