第229回:蛭田亜紗子さん

作家の読書道 第229回:蛭田亜紗子さん

2008年に第7回「女による女のためのR‐18文学賞」大賞を受賞、10年に『自縄自縛の私』(受賞作「自縄自縛の二乗」を改題)を刊行してデビューした蛭田亜紗子さん。現代人の日常を描く一方で、『凜』では大正期、開拓時代の北海道を舞台に過酷な環境を生きる男女を描き、最新作『共謀小説家』では明治期に小説執筆にのめりこんだある夫婦の話を描くなど、幅広い作風で活躍中。では蛭田さんが親しんできた作品とは? リモートでたっぷりおうかがいしました。

その6「読書傾向を分析すると」 (6/7)

  • 中山可穂コレクション 1 長編小説『感情教育』『マラケシュ心中』 (集英社単行本)
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――どんな小説が好きですか。変化もあったかと思いますが。

蛭田:驚きのあるものが好きですね。たとえば伊井直行さんの作品はサラリーマン小説と言われることも多いですが、いわゆるマジックリアリズムみたいなところがあるんですよ。安部公房も現実とは全然違うことが起きますが、そういうところが好きです。
 作風は全然違うんですが、『赤目四十八瀧心中未遂』などの車谷長吉さんも好きです。ミラン・クンデラも『可笑しい愛』などの短篇小説が好きでした。
 私は学生の頃から、男性作家を読むことが多かったんですよね。中学生の頃に吉本ばななさんや山田詠美さんといった人気の女性作家さんも好きで読んでいたんですが、どちらかというと男性作家を読んでいました。というのも、女性作家の小説を読んでいて書き手の影を感じると素直に読み進められなくなるところがあって。今はそんなことないんです。20歳過ぎて大人になって、自分の女性性と向き合えるようになったら読めるようになりました。

――女性作家では、どのような方たちのどの作品が好きですか。

蛭田:江國香織さんや中山可穂さん、倉橋由美子さんとか。好きな作品は1冊に絞れないんですけれど、江國さんなら『神様のボート』、中山さんなら『マラケシュ心中』、倉橋さんなら『聖少女』。それと、私が応募した時にR-18文学賞の選考委員だった山本文緒さんと角田光代さんの本もよく読んでいました。山本さんの『恋愛中毒』や角田さんの『私のなかの彼女』が面白かったですね。
 そういえば、その前から好きだったのは松浦理英子さんです。男性作家ばかり読んでいた時期も松浦さんの『親指Pの修業時代』などは好きで読んでいました。

――お話うかがっていると、なんというか、人間の生々しい部分とか、グロテスクなことも容赦なく書く人が好きなのかなとも感じます。

蛭田:ああ、ふわっとしたほっこり系の話というよりは、ぐさっと刺さるもののほうが好きというのはありますね。

――ご自身でも、たとえば『凜』でも、大正期に東京から北海道に連れてこられてトンネル工事の労働を強いられる青年や網走の遊郭に売られた女性の過酷な部分を容赦なく描きましたよね。

蛭田:悲惨な体験の話が好きで...というと語弊がありますが、よく読むんです。大岡昇平の『俘虜記』や『靴の話』とか、南方戦の悲惨な話とか、宮尾登美子さんの満州にいた頃を書いた自伝的小説とか、シベリア抑留の話といった戦争体験の話などに妙に惹かれてしまうので、そこに罪悪感がありますね。
 でも以前、黒柳徹子さんが貧乏話が好きだと話していたんです。自分も貧乏の苦しさを知っているのになんでかしらねと言っていて、それを聞いてちょっとほっとしました。現実に過酷さを知っている人でもそういう話に興味あるんだと思って。

――単に悲惨だったり暴力的だったりする話が好きというなら、もっと違うジャンルもあるわけです。人間の歴史の中で、実際に誰かが経験した極限状態だということが大きいのでは。

蛭田:そうですね。実際の体験に基づいた話に興味があります。ノーベル文学賞を受賞したアレクシエーヴィチの、元女性兵士たちに取材した『戦争は女の顔をしていない』とか、子供の戦争体験を取材した『ボタン穴から見た戦争――白ロシアの子供たちの証言』もすごく好きでした。

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  • 『親指Pの修業時代 上 (河出文庫)』
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  • ボタン穴から見た戦争――白ロシアの子供たちの証言 (岩波現代文庫)
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    スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ,三浦 みどり
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