第230回:一穂ミチさん

作家の読書道 第230回:一穂ミチさん

短篇集『スモールワールズ』が大評判となり、直木賞にもノミネートされている一穂ミチさん。文体も形式も人物造形も自在に操って読者の心を揺さぶる一穂さん、同人誌での二次創作からBL小説でプロデビュー、そこから一般文芸へと活動の場を拡張中。漫画も小説もノンフィクションも幅広いジャンルを読むなかで惹かれた作品とは? さらにはアニメや動画のお話も。リモートでたっぷりおうかがいしました。

その4「教科書掲載のあの作品」 (4/8)

  • 硝子戸の中
  • 『硝子戸の中』
    夏目 漱石
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――高校時代に読んで好きだった小説はありますか。

一穂:高3の時の国語の教科書に載っていた夏目漱石の随筆、『硝子戸の中』がすごく好きでした。漱石のところに読者の女の人がいきなり訪ねてくるんです。今だったらだいぶ戦慄する状況なんですけれど、その女の人が身の上話を語る。漱石によるとそれは聞くのも辛い大変な内容で、「先生の小説なら、この先どのようにしますか」「女は死ぬのか、それとも生きていくのか」みたいなことを訊かれるんです。漱石はとっさには何も言えないんですが、彼女を送る際に「死なずに生きてらっしゃい」と言う。いかに世の中が情けのないものに感じようとも「生きているのが苦痛なら死んだらいい」みたいなことは絶対に言えない、って。その話が載っていた教科書は今でも家のどこかにあるんですが、伊藤整が「漱石は偏屈で癇癪持ちで欠点も多い人だったけれども、人の心の一番柔らかいところにそっと触れるようなことを書く人だった」みたいなことを書いていて。当時は伊藤整の文章もあわせて『硝子戸の中』がすごく好きでした。そこから漱石は何作か読みましたね。定番の『こころ』とか。でも私は『行人』が好きだったかな。『夢十夜』も教科書に載っていて、あのオチのない不思議さが結構好きでした。
 教科書でいうと高校の時だったか、石牟礼道子さんの『苦海浄土』の一部分が抜粋されていて。夫婦で漁をしていた女性の話で、水俣病で身体の自由がきかなくなって、病院の中を看護師さんが折ってくれた紙の舟を曳いて歩くんです。死んでもまた人間に生まれかわって、またじいちゃんと舟で海にいきたい、みたいなことを言っていて、それは何度読んでも泣いてしまいますね。

――教科書きっかけ以外には、どのような読書を。

一穂:高校時代に京極夏彦先生の『姑獲鳥の夏』を読んで衝撃を受けました。今まで読んだことのない小説だって感じがしましたね。めちゃめちゃ面白くて、すごいなって。
 鈴木光司さんの『リング』を読んだのも高校生だったかな。結構ホラーが好きで実話怪談系もよく読みましたが、オチで「後から聞きましたがその家では女の人が亡くなっていたそうです」みたいなことを言われると醒めてしまうんです。でも『リング』はめちゃめちゃ怖くて、「こんなに怖いものがこの世にはあるのか」と思うくらいに好きでした。
 図書館で、実話を集めた『新耳袋』を手に取った時も、「自分が読みたかったのはこれだ」と思って。オチもなくて怖いと言っていいのかどうか分からない話もあれば、ぞっとするような話もあって。新作が出るたびに楽しみに買うんですけれど、全10巻を家に置いていると怖くなりますね(笑)。1日で100話読まないほうがいいからちょっと残しておこう、って思ったりして。

――ふふふ、百物語になってしまうから。

一穂:いろいろ想像しちゃうんですよね。それこそシャンプーして目を閉じて流す時も怖くなるし、夜寝る時に目を閉じると「いま何かいるんじゃないか」って思ってしまったり。「こういうこと考えていると寄ってくるっていうから楽しいこと考えよう」と思いながらもう、スパイラルなわけですよね。それで電気をつけっぱなしにして寝たりして。

――京極さんの『姑獲鳥の夏』はちょうど刊行された頃だったのでしょうか。

一穂:私が高校の時に「ダ・ヴィンチ」が創刊されて、そこで紹介されたいたんだと思います。ネットもない時代なので、「ダ・ヴィンチ」さんにはお世話になりました。図書館に行くか「ダ・ヴィンチ」を読むかで、新刊情報を確認していました。
 小野不由美先生の『屍鬼』を読んだのもその頃ですね。めちゃめちゃ怖かった。上下巻だったんですけれど、「もう、下巻が待ちきれない」ってもどかしかったです。

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