第230回:一穂ミチさん

作家の読書道 第230回:一穂ミチさん

短篇集『スモールワールズ』が大評判となり、直木賞にもノミネートされている一穂ミチさん。文体も形式も人物造形も自在に操って読者の心を揺さぶる一穂さん、同人誌での二次創作からBL小説でプロデビュー、そこから一般文芸へと活動の場を拡張中。漫画も小説もノンフィクションも幅広いジャンルを読むなかで惹かれた作品とは? さらにはアニメや動画のお話も。リモートでたっぷりおうかがいしました。

その7「同人誌からプロデビューへ」 (7/8)

  • カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)
  • 『カナダ金貨の謎 (講談社ノベルス)』
    有栖川 有栖
    講談社
    1,045円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

――同人誌を作るようになったのはいつ頃からですか。

一穂:大学を卒業してから始めました。

――ペンネームはその頃から変わらないんですか。

一穂:いや、その頃は違っていたんですよ。その後BLでデビューする時に「一穂ミチ」という名前をつけて、二次創作の界隈では別になにも言わなかったんですけれど、偶然手にとった人が気づいてお手紙をいただくことがありましたね。今でもたまに「あれを書いていた方ですよね。あの頃から読んでいます」というお手紙をいただきます。

――ペンネームが違うのに、なんで分かるんでしょう。

一穂:なんか、文章で分かるらしいんです。だから、当時からあまり進歩がないってことですね。

――いやいや、当時から上手かったということですよ。そうして同人誌で活動しているうちに、それを読んだ編集者から声がかかったのですか。

一穂:そうですね。「オリジナルBLを書いてみませんか」みたいな感じで。「まずは雑誌掲載を目指して作っていきましょう」って。
 オリジナルって言われてもピンとこなかったです。二次創作とオリジナルって似ているようで全然土壌が違うので、私も二次創作をやっている時はBLは全然読まなかったんですよ。既存のストーリーやキャラクターがあるもので妄想するのが好きだったんです。空白を勝手に埋めるという行為が楽しいんですね。「ここで一晩空いているけれど、一緒に過ごしたりしていないのかな」とか、そういう邪推の賜物なんです。

――じゃあ、最初にオリジナルを書き上げるまでに時間がかかりましたか。

一穂:実際雑誌に載るまでに1年近くかかったのかな。プロットを出して、直していただいて...。で、当時からあまり締切を守らなかったので(笑)。特に、「書きあがったら載せる」とか「空きがありそうな号に載せる」と言われると、全然書かないんです。

――ふふふ。でもそこから大活躍されているわけですよね。オリジナルを書いてみたら面白かった、ということでしょうか。

一穂:そうですね。予定を入れていただいたからには書かねば、ということもありますね。「来年、こことここで載せましょう」と言われると「あ、分かりました」と安請け合いをしてしまって、「ああ、頑張って考えなきゃ」って。

――お勤めをしながらだと、大変ではないですか。

一穂:むしろ、勤めがあることで救われている部分のほうが大きいと思います。会社にいる時は小説を書かなくても居場所がある安心がある。私はメンタルが弱いので、それが必要なんです。やっぱり小説だけをやっていると、「これ書けなくなったらどうすればいいんだろう」という恐怖から逃れられないので。
 でも小説を書いていると、これでお金がいただけるなんてとてもありがたいなって思うし、仕事で嫌いな人と関わらなくていい、というのもあって。相補性が私の中でありますね。精神面と生活面の両方で、やっぱり今は会社勤めを必要としている気がします。

――オリジナルのBLを書くようになってから、他のBL作品を読むようになったりはしませんでしたか。

一穂:漫画作品は読むようになりましたが、小説は「同業」という意識が出てしまってなかなか物語に入りにくくて。あまり読んでいないんです。

――BLって、いろいろセオリーがあると聞きますが、編集者からアドバイスはありましたか。

一穂:よっぽどのことがない限り「死にネタ」はやめようね、という話はしました。そのあらすじだけで読者さんが引いてしまう。ずっと思い合っていた人と別れて他の人とくっつくエンドもなかなか難しいですね。思い入れを育てた相手と破局して現実的な伴侶を選ぶって、まあ現実にはあることなんですけれど、BLでそれをすると悲しまれる読者さんが多いと思います。三角関係はあっていいんです。言葉は悪いんですけれど、当て馬の人は最初から分かりやすく当て馬として出てくるんです。当て馬は別の物語で別の恋をするみたいなシステムになっていますね、今。

――なるほど。そうしてBLを書いているうちに、他のレーベルからも「書きませんか」と声がかかるようになったのですか。

一穂:そうですね。まあちょこちょことお話をいただいて、でも何を書けばいいのか分からなくて、なかなか...。

――今大評判となっている短篇集『スモールワールズ』も、担当編集者のKさんから最初に声をかけられたのは結構前だったとうかがいました。

一穂:最初はシリーズ化前提のお話だったんです。それで何を書けばいいのかなと思ってしまって。数年間そのままになっていたんですけれど、私が有栖川有栖先生のサイン会に行ったら、その本のご担当がKさんだったんです。行くと会ってしまうかなと思ったんですが、どうしても行きたかったので...。有栖川先生が『カナダ金貨の謎』を出された時だったかな。

――もう本当に、有栖川さんのおかげです(笑)。その時にKさんから「短篇はいかがでしょう」と言われたんですよね。

一穂:それで、短いものなら書けるかな、と思いました。短篇同士が緩くリンクしていく形にしてまとめましょうというお話をして。

――『スモールワールズ』は各短篇、"家族という小さな世界"というテーマは共通しつつ、主人公の世代やシチュエーション、さらには文体までがらりと変えていますよね。

一穂:いろんなスタイルを試させていただこうと思い、今回は形式から入りました。

――どれも途中で景色が反転する瞬間があったり、意外な方向に話が進んでいった先にぐっとくるものがあって、本当に素晴らしかったです。さきほど好きだとおっしゃっていた、オチのない、ただ文章だけで読ませる小説を書いてみたいとは思われますか。

一穂:いやあ、自分が書く時はどうしても「ここに理屈をつけねば」と考えてしまうので、なかなか...。不思議な話を書いて編集さんに「これ、どういうことですか」と訊かれた時に説明できないとよくない、と思ったりしてしまうので。作品の中で説明されていなくても、自分の中でそういうのって必要じゃないかと思ってしまうんですよね。

――『スモールワールズ』に収録された「ピクニック」は今年、日本推理作家協会賞の短編部門にノミネートされましたよね。ミステリを書きたい気持ちは?

一穂:たぶん、最初に「ミステリを書いてください」と言われたら「無理無理無理」って言っちゃいます。「ピクニック」は自分としてはミステリを書いたという認識ではなくて、ノミネートにすごくびっくりしたくらいでした。やっぱり私の中でミステリを書く人というと、時系列に沿って組み立てて、部屋割りなどもちゃんとできて、消去法で「犯人はあなたしかいない」っていえる論理の組み立てがちゃんとできる人というイメージなんですよ。私には無理ですよね。

» その8「新作について&好きな動画」へ