作家の読書道 第239回:岸政彦さん

社会学者として生活史、社会調査の著作を多く刊行、2017年に『ビニール傘』を刊行してからは何度も芥川賞・三島賞の候補になり、『リリアン』で織田作之助賞を受賞するなど小説家としても注目される岸政彦さん。昨年は150人の聞き手が150人の語り手に話を聞いた編著『東京の生活史』が紀伊國屋じんぶん大賞を受賞。隣人たちの生活を見つめ続けるその源泉には、どんな読書体験があったのでしょうか。リモートでお話をおうかがいしました。

その1「世界名作全集で好きだった作品」 (1/8)

  • 星の王子さま (角川文庫)
  • 『星の王子さま (角川文庫)』
    サン・テグジュペリ,管 啓次郎
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    528円(税込)
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  • おしいれのぼうけん (絵本・ぼくたちこどもだ)
  • 『おしいれのぼうけん (絵本・ぼくたちこどもだ)』
    ふるた たるひ,たばた せいいち
    童心社
    1,430円(税込)
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  • 大どろぼうホッツェンプロッツ―ドイツのゆかいな童話 (新・世界の子どもの本 1)
  • 『大どろぼうホッツェンプロッツ―ドイツのゆかいな童話 (新・世界の子どもの本 1)』
    オトフリート=プロイスラー,トリップ,中村 浩三
    偕成社
    1,100円(税込)
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――幼い頃の読書の記憶を教えてください。

:昭和の家ってよく、誰も弾きもしないアップライトピアノや、誰も見もしない百科事典があったんですよね。うちも文化資本の低い家だったのに、なぜか小学館の子供向けの世界名作全集(「少年少女世界の名作」)が何十巻か揃っていました。たぶん付き合いで買わされたんでしょうね。うちは五人家族で僕は末っ子だったんですが、なんでかわからへんけど僕は他の家族が誰も手をつけてなかったその全集を手に取って、小学校に上がる前に読破したんです。僕、家の中に居場所がなかったんです。放置状態で、犬と猫としか会話していなかった。それもあって手に取ったんでしょうね。

――小学校に上がる前に一人で本が読めたんですか。

:幼稚園の時にはひらがなが読めるようになっていて、その全集は漢字も全部ルビがふってあったから読めたんです。いうても「西遊記」の子供向けバージョンとかですよ。「あしながおじさん」がすごく好きでした。ディケンズの「オリバー・ツイスト」とかユゴーの「ああ無情」とかもありましたね。「ドリトル先生」が好きだったので大人になってから井伏鱒二訳のものを全部買い直しましたが、あれは読み返して人種差別がひどいなと思いました。でも当時は動物と話ができるっていうのがよかったんです。日本の小説も入ってましたが、「坊っちゃん」は冒頭読んでくっそつまらんなと思った記憶がある。もっと、孫悟空みたいなむちゃくちゃな話が好きだったんです。そうだ、それで思い出した、「ほら男爵の冒険」が好きだったんですよ。主人公の名前がミュンヒハウゼン......って、50年ぶりに思い出しました(笑)。月に行って帰ってくる話なんて完全に物理の法則に反しているっていう。
 あの全集はよく憶えていますね。クリーム色の表紙で、二段組で。繰り返し読んだので、本を開いた状態をフォトグラフィックに記憶しています。「あしながおじさん」でジュディがバカンスのたびにロック・ウィロー農園に行くのは飽きたといってケンカする場面がページのどのへんにあったのかなんかも思い出せます。
 他に憶えているのは『星の王子さま』とか『おしいれのぼうけん』とか。『大どろぼうホッツェンプロッツ』もすごく好きでした。あれはドイツの話で、ソーセージとビールがめちゃめちゃおいしそうなんですよね。ソーセージをナイフで切って食うのにびっくりしました。箸使うんじゃないんだって(笑)。

――小学校に上がってからはいかがでしょう。どんな子供でしたか。

:学校は閉鎖的だし、勉強はつまらなかった。今に至るまで学校の勉強は一回もしたことがないんです。授業は簡単だったけれど暗記しないと点数が取れないから、テストの点は低かった。小学校に上がる頃には漢字も読めるようになっていたんですが、書く練習をしたわけじゃないから、読めるんだけど書けない。大学で教えるようになってからも簡単な漢字を間違って書いて、学生に爆笑されました。
 クラスメイトが何言っているかも分からなかったんです。小学校2年生の頃にみんながゴレンジャー的な番組の話をしていて、見たことがなかったから家帰って見てみたら、あまりに面白くなくてびっくりした。友達同士のけんかもつまらないし、仲いい友達もいたけれど遊びながらつまらんなと思っていました。
 ただ、ほぼ同時に生まれた女の子の従姉妹がいたんです。母方の従姉妹で、親同士が仲良かったんで、10歳くらいまではほとんど毎日一緒にいました。その子がもう一人の自分みたいな感じだった。それがのちに書いた「図書室」のモチーフに繋がっています。

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