第239回:岸政彦さん

作家の読書道 第239回:岸政彦さん

社会学者として生活史、社会調査の著作を多く刊行、2017年に『ビニール傘』を刊行してからは何度も芥川賞・三島賞の候補になり、『リリアン』で織田作之助賞を受賞するなど小説家としても注目される岸政彦さん。昨年は150人の聞き手が150人の語り手に話を聞いた編著『東京の生活史』が紀伊國屋じんぶん大賞を受賞。隣人たちの生活を見つめ続けるその源泉には、どんな読書体験があったのでしょうか。リモートでお話をおうかがいしました。

その6「話を聞くのが好き」 (6/7)

――フィールド調査というものを始めたのはおいくつくらいからですか。

:博士課程に入ってからだから、29歳くらい。遅かったんです。はっきりと生活史という方法を意識していたわけではなく、普通の聞き取り、普通のインタビューから入りました。金がなかったんで大規模なアンケート調査もできないから一人ずつ会って話を聞くしかなくて。でも無意識のうちに「お生まれはどちらですか」から入って、気づけば生活史を聞いていましたね。

――人見知りだったのに、はじめて会う人から話を聞き出すのはハードルが高くなかったですか。

:やっぱり、話を聞くのが好きなんですよ。大阪とか沖縄ってタクシーの運転手さんの話がめちゃめちゃ面白いんですよね。いろんな人がいる。商売に失敗した人もたくさんいるし。タクシーに乗るといつも話を聞きます。好きなんです。
 一度、沖縄で社会学者の友人と2人でタクシーに乗った時も、運転手さんに話を聞いていたら、降りた後で友人が「いいもん見してもらった。(自分は)あんなに聞けない」って言ってました(笑)。
 スナックに行っても、「へえー」って言ってずっと人の話を聞いてます。あんまり自分からは話しかけない。でもママとかマスターが話を振ってくれたり、向こうから話しかけてくれたりすると、ずっと聞いてます。
 社会学者が、どっかそのへんで聞きやすいところの話だけちょろちょろっと聞いて、それで調査した気になって「社会とは」って言ってたら「なにやってんだこいつは」って思いますよ。そういう人多いですから。学会行っても同じような奴しかいないからつまらないんです。北新地で飲んでいるほうが面白い話がいっぱい聞ける。

――ところで、お酒強いんですか。

:弱かったんですが、頑張って人並みになりました。昔は生中一杯だけで潰れてたけれど、大学で毎週飲んで吐いて鍛えて、調子いいときはウイスキー1本ぐらい飲めるようになったかな。今、一番人生でお酒が強いんです。子供の頃は虚弱体質だったんですけれど、肉体労働やって変わって、年々体力がついて、今は風邪もひかないし、酒も強くなりました。連れあいは酒が飲めないから、数年前から一人で飲み歩くようになりました。一人で飲んでるときがいちばん楽しいです。

――読書生活はいかがでしょう。

:小説はキングとディックとヴォネガットで止まって、あとはずっと仕事の本ばっかり。同じこと言う研究者多いんですけれど、研究の道に入るとなぜかフィクションが読めなくなるんです。一方で映画はいまだに好きで、ネトフリでマーベルとか見てますけどね。「アベンジャーズ」のシリーズは3周しましたよ。あれ15本あるんで45回観たってことですね(笑)。

――読書とはちょっと違うかもしれませんが、岸さんはツイッターやブログもよく読まれている印象です。

:僕は自分はインターネットから出てきた書き手だと思っています。96年ごろにはすでに自分のウェブサイトを作っていたんです。無名時代の僕に声をかけてきた編集者さんたちも、僕が院生の時にネットの掲示板で暴れていたり、ウェブサイトでコラムを書いたりしているのを読んで、僕の名前を憶えていたそうです。
 僕がインターネットを始めた頃は、「ポンプ」みたいに無名の人がいっぱい好き勝手なことを書いていたんです。作品にもならないような、自意識丸出し、欲望丸出しの妄想みたいな書き込みがあふれていて、それがめっちゃ面白かった。僕も好き勝手なこと書いて炎上もしてましたけど(笑)。いまは炎上したら出版社に迷惑がかかりますから、ツイッターでも「にゃー」とか「酒うまー」ってつぶやいて「本が出ますー」って告知して終わり、みたいな使い方してますが。
 SNSになってからはみんなが叩き合いになっていて、マニアックなガラパゴスが消えましたね。人知れずやっている人たちも、ばっと見つけられて叩かれるようになった。SNSって冷笑的な奴が勝つから、それでみんな辞めちゃうんですよね。尖った、独特の表現はできないようになってる。SNSから、おもしろい表現者の方も、個別にはたくさん出てきてますが、全体としてはずいぶんおとなしくなったなと思って見てます。
 YouTubeやTikTokは、まだガラパゴスな人が多くていいですね。TikTokでは「横揺れ」が面白いんですよ。ヤンキーの子たちが安っぽいクラブで激しい横揺れで踊ってる動画がたくさんあるんです。なんの学びも気付きも、得るものも何もないけど、ずっと見てしまう。下手したら1日1時間くらい。こんなにTikTok見てる社会学者はいないと思う(笑)。
 小説は、自分で書くようになってから、勉強のために慌ててまた読むようになりました。でも、今喋ってて気づいたけれど、キングとブルデュー以降、「これすごいな」ってハマった書き手はいないかもしれない。

» その7「小説を書く」へ