第239回:岸政彦さん

作家の読書道 第239回:岸政彦さん

社会学者として生活史、社会調査の著作を多く刊行、2017年に『ビニール傘』を刊行してからは何度も芥川賞・三島賞の候補になり、『リリアン』で織田作之助賞を受賞するなど小説家としても注目される岸政彦さん。昨年は150人の聞き手が150人の語り手に話を聞いた編著『東京の生活史』が紀伊國屋じんぶん大賞を受賞。隣人たちの生活を見つめ続けるその源泉には、どんな読書体験があったのでしょうか。リモートでお話をおうかがいしました。

その3「社会問題に目覚める」 (3/8)

  • 【新版】日本語の作文技術 (朝日文庫)
  • 『【新版】日本語の作文技術 (朝日文庫)』
    本多勝一
    朝日新聞出版
    660円(税込)
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  • ジャズの巨人たち
  • 『ジャズの巨人たち』
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    青土社
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――他にはどんな本を読みましたか。

:中学に入ってからは左傾化して、本多勝一とかのノンフィクション、ルポルタージュを読んで社会問題に目覚めていくんです(笑)。本多さんの『日本語の作文技術』は一読してすごく勉強になって、いまだに院生に薦めているんですが、それ以外の社会問題の本も読んだし、あとは鎌田慧さんの本ですね。鎌田さんってわりと人の生活史を聞く人なんです。それと、『わが亡きあとに洪水はきたれ!ルポルタージュ巨大企業と労働者』の斎藤茂男さん。当時の貧困についても子供の視点からルポしていたりするんです。そこから、僕、スタッズ・ターケルにハマるんです。

――さまざまな人の話のインタビュー集をたくさん出している人ですよね。

:当時は晶文社からいっぱい翻訳が出ていたんです。『仕事(ワーキング)!』とか『アメリカの分裂』とか『よい戦争』とかいろいろあったのに、もう翻訳権が切れちゃったらしい。僕は高校生くらいの時に、当時翻訳が出ていた本は全部買って読みました。人に話を聞いて、モノローグの形に編集してはいるけれど、解釈とか説明抜きでそのままを書いている。とにかくたくさん本を出している人で、これなんかは普通の評伝ですけれど(と、モニター越しに本を見せる)。

――『ジャズの巨人たち』。なぜ、彼の本がそこまでよかったのでしょうか。

:スタッズ・ターケルに出合う前の中学生の頃、「ポンプ」という雑誌を毎月買っていたんです。薄くてペラペラで、表紙から裏表紙まで全部読者投稿だけなんですよ。ほんまにいっぱいの人が書いていた。テーマもなくて、ギャグやったり思い出話だったり病んでるような長文だったりの寄せ集めなんです。眺めているだけで、ざわざわって声が聞える感じがして、わーっと感情が揺り動かされていました。よく憶えてるんですが、夜中にそれを机に並べてうっとり見ている気持ち悪い中学生だった(笑)。それが今の自分の仕事の源流だと思うんです。ひとつひとつはしょうもない、一個一個は読む必要もないものが集まった時の効果というか、コンセプトにうっとりしていました。ターケルにもそういうことを感じたんだと思う。
 自分が作った『東京の生活史』も、声が集まっているというだけで僕はうっとりするんです。あれは一個一個読んでも面白いという奇跡的な本ですけれど。考えてみると、中学の時に出合った「ポンプ」とターケルのような仕事を、自分は今してるんやなと思う。

――『東京の生活史』は岸さんが企画して編集された、150人の聞き手が150人の語り手の生活史を書き留めた膨大な一冊ですよね。もうその頃から人の話に耳を傾けることに興味があったんですね。

:ターケルの本を読んだ時に明確に思ったのは、自分もこういう本を作りたいってことでした。あの時に自分は本を読むというより、本の作り手になるんだと思った。そこまではっきり思ったのは高校生の時だったかな。
 人の話を聞くにはどうしたらいいかと考えた時、鎌田慧や本多勝一の手記とかエッセーを読んで、こうすればジャーナリストになれるのかと思ったけれど、朝日新聞に入るのは競争率が高いし、東大とか京大とか出ないとあかんらしいけど(笑)、自分は受験勉強できないから無理や、と。あと高校生の時に、自分より二つ上の藤井誠二という人が本を出したんです。彼は高校生のうちに、竹刀持った体育教師がいるような厳しい管理教育の学校に飛び込みで取材した。そんなことは自分には絶対に無理だ、フリーのルポライターやノンフィクション作家になるような度胸はないな、と思いましたね。そもそも僕、人見知りなんです。だけどウェーバーとか、いろんな社会学の本を読んでいくうちに、大学行って社会学者になれば人の話を聞けるんじゃないかと思ったんです。純粋に社会学が好きになっていたし。それで、高校の時に社会学者になろうと決めました。
 フェミニズムについて読み始めたのも高校からかな。岩波新書の『女性解放思想の歩み』などの水田珠枝さんとか、上野千鶴子さんとか。

――大変な読書家というイメージですが、どんな中高生だったんですか。

:中学受験という発想もなく、普通に地元の中学にいったらジャングルみたいなところで、本当に悲惨でした。校内暴力もひどくて、教師も全員バカ。学校の勉強も全然しなかったけれど、なぜか英語と数学の塾だけは通ってて、その時間だけ勉強して、それで英数国の試験を受けて、高校は進学校に進んだんです。国語は何も勉強していないから、当日のアドリブです。古文なんかは全然分からなかった。それでもいちおう合格しました。
 高校時代は、街に出て人がやってることが全部したかった。デートとか夜遊びとか酒とか煙草とか。中3の時にベースギターをはじめてバンドやって、高校の3年間はバンドばっかりやって、チケット売ってライブハウスでライブして。古着屋のゲイのお兄さんと遊んだりしていました。友人とディスコ、今でいうクラブですね、に通いまくって、人がやってるから自分もナンパもして。お嬢様女子高の女の子とも長く付き合いました。高校生活の後半は全然本を読まなかった。街で遊ぶのが楽しかったですね。

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