第239回:岸政彦さん

作家の読書道 第239回:岸政彦さん

社会学者として生活史、社会調査の著作を多く刊行、2017年に『ビニール傘』を刊行してからは何度も芥川賞・三島賞の候補になり、『リリアン』で織田作之助賞を受賞するなど小説家としても注目される岸政彦さん。昨年は150人の聞き手が150人の語り手に話を聞いた編著『東京の生活史』が紀伊國屋じんぶん大賞を受賞。隣人たちの生活を見つめ続けるその源泉には、どんな読書体験があったのでしょうか。リモートでお話をおうかがいしました。

その5「キング、ディック、ヴォネガット」 (5/8)

  • IT(1) (文春文庫)
  • 『IT(1) (文春文庫)』
    スティーヴン キング,King,Stephen,芙佐, 小尾
    文藝春秋
    1,045円(税込)
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  • 流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)
  • 『流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)』
    フィリップ・K・ディック,友枝 康子
    早川書房
    946円(税込)
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  • アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))
  • 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))』
    フィリップ・K・ディック,土井宏明,浅倉久志
    早川書房
    814円(税込)
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  • わたしは真悟 1 (ビッグコミックススペシャル 楳図パーフェクション! 11)
  • 『わたしは真悟 1 (ビッグコミックススペシャル 楳図パーフェクション! 11)』
    楳図 かずお
    小学館
    2,460円(税込)
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――小説は読みましたか。

:1回生の時にスティーヴン・キングにハマって、いまだにハマっています。『IT』に出合ったんですよ。最初は近所の本屋で1巻だけ買ったんです。あっという間に読んで、うわー続き読みたーい、ってなったけど、もう時間が遅くて本屋が閉まっていて。翌日その本屋に行き、まあでも分厚いし1日1冊しか読めへんやろと思って2巻だけ買ったら、またむちゃくちゃ面白くて一気に読んでうわーっとなって、次の日には朝イチで、3、4巻を同時に買いました。その後、今でも繰り返し読んでいて、こないだは英語も読めないのに原書も買いました(笑)。でもどのページを開いてもちゃんとどのシーンかわかる。キングだけは原書が読めるんです、暗記するほど読んでるから。
 そこから日本語で読めるキングの本は全部読んだけど、今でも一番好きなのは『IT』かなあ。もともと少年少女ものに弱いし、後半の、大人に成長してからのノスタルジックな感じも素晴らしいです。昔のB級ホラーのモチーフをわざと入れているのも面白いですよね。フランケンシュタインとかドラキュラとか、全部入っている。
 大学時代、キングのほかにハマった作家がもう二人います。ひとつはフィリップ・K・ディック。『流れよわが涙、と警官は言った』がいちばん好きですね。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』も好き。ディックって、辻褄合ってないところが面白いんです。たとえば映画観てて辻褄合ってなかったら「なんでやん!」ってなるけれど、ディックの小説って、何が起きても気にならない。楳図かずおと一緒。楳図かずおも『わたしは真悟』なんて「そんなわけないやん」と思うんやけど迫力で読ませるし『14歳』も話がむちゃくちゃなのに面白い。辻褄の合わなさってなんやろと考えるようになったのはディックを読んでからかな。説明のないものがすごく好きです。
 同じ頃にハマったのがカート・ヴォネガットです。刊行順に読もうとして、最初に『プレイヤー・ピアノ』を読んだんですが、めっちゃ面白いな、くらいの感想だったんですけど、次に『タイタンの妖女』を読んで、あれでむちゃくちゃハマりました。主人公が突然火星に行くのに、説明が一切ないんですよね。そのとき主人公が記憶を消されてるんです。その説明抜きに、いきなり火星で集団で体操している場面になる。そこがすごく好きで。
 それに、ヴォネガットの、何というかきれいごとを言わないところ、どこか醒めて、何かをあきらめているところが好きです。でも絶望とも違う。愛しあうとか理解しあうとか無理だけど、それでも犬とじゃれ合って床でごろごろしている時は幸せだからそれでいいんだよ、というエッセーがあって、あれがほんとに好き。愛とか理解は存在しなくても、でも犬と仲良くすることはできる。

――大学を卒業してから、大学院に入るまではどうされていたんですか。2013年の最初の著作は『同化と他者化──戦後沖縄の本土就職者たち』ですが、研究テーマに沖縄を選んだのはどういう経緯だったんでしょうか。

:大学出てからは、日雇いのドカタを4年やって、塾の先生のバイトやってバーテンダーのバイトやって......。
 最初に沖縄に行ったのは93年か94年ごろだと思います。米兵少女暴行事件の前だったと思う。それまで全然沖縄に興味なかったんですが、当時の彼女から「行こうよ」って言われたんです。ドカタやってて多少はお金もあったんで、本当に普通の2泊3日の旅行で。でも、空港降りた瞬間にハマっていました(笑)。彼女より僕のほうがハマった。たしか残波岬ロイヤルホテルに泊まって、シュノーケルしたり国際通り歩いたりして。それからも、お金がないときでもCDとか本とか楽器とかを売り払って、年2、3回は行って、離島を回ったりしていました。
 最初は観光でハマったんですよ。どこも画一的な日本のなかで、こんなに独特のところがあったんだ、海きれいだし気候はいいし、っていう。
たぶん、居場所がなかったんだと思うんです。自分自身が。大学院にも入れずに、定職にも就けず。ジャズミュージシャンをあきらめたのもこの頃で、ほんとうに行き場所がなくて辛かった。だからたぶん、日本のなかで独自のものを持っている沖縄に、自己を投影したんだと思う。
 でもそういう、沖縄の独自性にロマンを感じていた自分って、いまから思うと植民地主義まるだしだったんです。そういう自分に対する嫌悪感がある。だからフィールド調査をするにあたっては、基地の問題や植民地主義の問題を勉強して、そうした自分を否定する作業から始めないといけなかった。つまり、僕にとって沖縄の研究とは、沖縄にハマっていた自分を否定することだったんです。そしてそれはいまだに続いてる。
 沖縄の労働力移動をテーマにした博士論文を書いてから、それを本(『同化と他者化──戦後沖縄の本土就職者たち』)にするまでに10年以上かかったのは、自分自身の植民地主義を乗り越えるということと、ちゃんとフィールド調査するということが、どうやったら両立するのか考えていたからですね。多くの人が、ポスコロとか左翼のイデオロギーにハマると調査をやめちゃうんですよ。基本的にマジョリティがマイノリティの生活の場にずかずかと土足で入り込んで調査するわけですから。
 でも沖縄での調査をやめる気はないですよ。やめたら僕の存在意義がなくなる。意地でもやります。

  • 14歳 (1) (ビッグコミックススペシャル)
  • 『14歳 (1) (ビッグコミックススペシャル)』
    楳図 かずお
    小学館
    3,288円(税込)
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  • プレイヤー・ピアノ
  • 『プレイヤー・ピアノ』
    カート・ヴォネガット・ジュニア,浅倉 久志
    早川書房
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  • タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫SF)』
    カート・ヴォネガット・ジュニア,和田 誠,浅倉久志
    早川書房
    836円(税込)
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  • 同化と他者化 ―戦後沖縄の本土就職者たち―
  • 『同化と他者化 ―戦後沖縄の本土就職者たち―』
    岸 政彦
    ナカニシヤ出版
    3,960円(税込)
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